「タイミング悪過ぎだ」
 慧は思わず声に出してしまう程滅入っていた。
今日やってきた橘麻子はアンティックショップのオーナーで、仕事を介して知り合った。
『味見をしてみたい』と誘われ、断わる理由もないと付き合った。もう一年近くも前の話で、それ以来数回関係を持っ
たが、気楽な大人同士の付き合いだと・・・・・慧の方は思っていた。
まさか、それが今日会うなり詰られるとは思わなかった。
 「彼女は割りきった人だと思ってたんだがな」
 「それはあなたの身勝手な考えですね」
 尾嶋は呆れたように言う。
 「一度きりの関係ではないなら、少しは期待なさっても仕方がないでしょう。あの人は女性らしい方ですから、あなた
との未来を考えていたとしても不思議ではありません」
 「キャリア志向だったぞ」
 「・・・・・あなたそれでよく今まで無事でしたね」
 「とにかく、今の私には彼女の事を考える余地はない。それより、いずみの事だ」
 かわいい秘書の男の子に会ったという橘の言葉と、その後の尾嶋の報告で、慧はいずみが自分と橘との関係に気
付いただろうと直感した。
そうでなくとも会社に掛かってきたわけありな電話も取っているいずみだ。
(とんでもないタラシだとでも思ってるだろうな・・・・・)
溜め息をつきたい気分だが、このまま問題を先送りにも出来ない。
 「今日の予定は?」
 「全て何とか処理出来ます」
 「・・・・・まさか予想してたんじゃないだろうな」
 橘のアポをスケジュールに入れたのは尾嶋だ。まさかとは思うが、この展開を予想していたのかと疑いの目で見てしま
う。
案の定、尾嶋は直ぐに肯定した。
 「橘様のことは大体は」
 「・・・・・お前」
 「ただ、松原君のことは予想外でしたが。やはり全てを予想するのは無理なことですね」
橘の慧を見る目が本気を含んでいたことを尾嶋は以前から気付いていた。ただ、慧より年上ということと、仕事上の立
場から、一歩引いていただけのことだろうということも。
慧自身が遊びだと思っていることも知っていたので、自分が口を出すつもりはなかったが、いずみという存在を得た慧が
身辺整理を始めたので、橘との関係にはっきりとした決着を付けるのもいいかと思ったのだ。
(それを見られるなんて・・・・・ほんとついてない人だな)
 「それよりも、私はあなたがまだ松原君に手を出していないということの方が予想外でしたね」
 「スケジュールを詰め込んでいる誰かさんのせいで」
 「いい訳ですね」
 「・・・・・」
 図星だったのか、慧は言い返さなかった。
尾嶋は深い溜め息を漏らす。
 「あなたが怖がるとは、松原君も大物です」
 「・・・・・男相手なんて初めてだし、どうしたらいいか分からないなんて・・・・・情けない」
 「私がレクチャーしましょうか?」
 「それこそ却下。俺は下になるつもりはないし、お前を抱くなんて到底無理」
 「お互い様です」
 「とにかく、夜の予定は全てキャンセル。いずみもだ」
 「明日、出勤させて下さいよ」
 「・・・・・どうかな」
 「何ですか、その答えは」
 「だから、男相手は初めてだと言ったろう。加減なんて分かるはずないだろ」
 女相手でも遊び慣れた相手が多かった。いずみのようにウブな、それも男相手に、自分の経験がどれだけ役立つの
か分からない。
(そもそも、男相手に・・・・・出来るのか?)
根本的なことに気付き、慧は更に頭を悩ませることになった。