中編







 目の前に置かれた写真を見て、慧は端正な眉を顰めて目の前の祖父を見た。
 「これは?」
 「まあ、見合い写真と思ってくれ」
 「・・・・・女性ではないですね」
 「ないな?」
 「もしかして、ボーイッシュな女性ですか?」
 「いや、間違いなく男だ」
 「会長」
 「まあ、落ち着いて座りなさい」
 「私は落ち着いていますよ」
 慧は憮然としたままイスに腰掛けた。
北沢俊栄(きたざわ としえい)は香西物産の2代目社長だ。
創設者である先代社長の娘と結婚して後を継いだが、婿養子のくせにという陰口をものともせず、日本でも屈指の
大企業に会社を大きくした。
今は社長職を息子である慧の父親に譲り、自分は会長職に退いたが、今でも少なからず影響力を持っていた。
 慧はバイタリティーのある、遊び心を忘れない祖父が好きだった。大学入学を機に家を出た後も、ちょくちょく会いに
行っていたぐらいだ。
会社に入社した後も同様だったが、久しぶりに訪れた今日、突然「お前の許婚だ」と言われ、さらにそれが間違いなく
男だということに、慧は怒るのを通り越して呆れてしまった。
 傍に控えていた秘書の尾嶋も、控えめながら二人の会話を面白そうに聞いている。
家政婦が入れてくれた熱いお茶を飲み、慧は出来るだけ穏やかに切り出した。
 「せっかくですが、結婚相手は自分で決めますよ」
 「いい子なんだよ、この子は。私の恩人なんだ」
 「恩人?」
 初めて聞いた言葉に思わず聞き返すと、今年75歳になる俊栄は悪戯っぽく笑っている。
冗談かと眉を顰めた慧に、俊栄は短気な奴だと更に笑った。
 「それは本当だ。どういった・・・・・というのは、お前がきちんと私の話を聞いてくれると約束してからだ」
 「・・・・・じいさん」
 「ん?」
 呼び名が肉親同士のそれに変わった。
 「ちゃんと聞くから、真面目に話してくれよ?」
 「ああ」
 満足げに頷き、俊栄は話を始めた。



 目の前に所在無げに立っているいずみをじっと見ている慧の視線は、どちらかというと観察しているという意味合い
の方が強かった。
一週間前祖父の俊栄の話を聞いてから、慧自身も尾嶋にいずみのことを調べさせた。
しかし、調べれば調べるほど、いずみがごく平凡な青年だということしか分からなかった。特別な容姿というわけではな
いし、飛び抜けた頭脳の持ち主でもないらしい。
(まあ、人はいいみたいだがな)
 自分はまだ結婚するつもりはないし(そもそも男同士で結婚など無理というのは常識以前の前提だが)、特定の恋
人を作る予定はなかった。家柄と地位、何より素晴らしい容姿の持ち主である慧の周りには、何時でも順番待ちの
美女達が列をなしている状態だ。
 ただ、仕事が忙しく、面白くなっている今、周りの騒がしさが疎ましくなってきているのも事実で、今だ影響力が大き
い祖父の提案を利用しようと考えた。
 「松原いずみ、だったな」
 「は、はい」
 「今日から私付きの秘書に任命する。まあ、雑用でも使えるか分からないが、尾嶋の手伝いでもしてくれ」
 「ひ、秘書ですか?」
 「今頃総務にも話がいっているはずだ。仕事は任されていなかったらしいから引継ぎは無いし、今からでも尾嶋に付
いて仕事の・・・・・」
 「こ、困ります!」
 慧の言葉を遮り、いずみは情けなく眉を下げながら言葉を続けた。
 「何も任されてなくても、俺だって2ケ月部署に所属してたんだし、みんなに何も言わず部署換えなんてやです!」
 「やです?」
慧は面と向かって子供のようなことをいういずみを呆れたように見た。