せいぜい1時間位のつもりだった外出は、美味しい食べ物と楽しい俊栄の話術で思いがけなく時間が過ぎ、2人が
慌ててホテルに戻ったのは、既にパーティーの始まる30分程前だった。
 「すみません!」
 「ごめんなさい!」
部屋の入口で揃って頭を下げる2人の姿は、まるで先生に叱られている生徒のような姿だが、実際に2人が叱られて
いるというわけではなかった。
慧と尾嶋が面白く思っていないのは、俊栄と戻って来た時の2人の顔が、あまりにも楽しそうに輝いていたからだ。
 面白くない挨拶をこなし、やっと開放されたと思った瞬間、俊栄の秘書から2人を連れ出したと連絡があった。
既にホテルを出て一時間近くたってからの連絡は、きっと俊栄の命令だろう。もう止めることの出来ない段階になってか
らの報告に、俊栄の策略が伺えた。
 じりじりとした思いで待っていた慧達の前に帰ってきた2人は、鮮やかなアロハ服を着、山ほどの沖縄名産土産を手
にしていた。
 「・・・・・それは?」
 意気消沈している姿が子供のように幼く、さすがにこのままでは大人気ないと思った慧が水を向けると、パッと顔を上
げたいずみは洸と一緒に荷物を広げ始めた。
 「やっぱり、定番の『ちんすこう』は外せないと思って、先輩達のお土産にもいいし!」
 「『サーターアンダギー』は美味しかったから、絶対和彦さんにも食べさせたくて!」
 「パッションフルーツも美味しかったけど、かさばるかなって」
 「もずくも美味しかった!和彦さん、朝あまり食べないから、丁度いいと思ってこんなに買っちゃって」
その量に、いずみも改めて目を丸くする。
 「わ〜、洸君何時の間にそんなに買ったの?」
 「いずみさんがマンゴー試食してた時」
 「試食というには、一個丸ごと食べてたな」
 「う・・・・・」
 俊栄に笑いながら言われ、いずみは顔を赤くした。
 「あ〜、もう、分かったから」
2人の会話を聞いていれば、楽しい時間を過ごしたのが良くわかった。
これ以上大人気ない態度を取るのも仕方ないと思い、慧は会社では滅多に見せないような目じりを下げた笑みをた
たえる俊栄に、苦笑しつつも礼を言った。
 「今回はいずみ達が世話になりまして」
 「いや、私も楽しかった」
 「それはそうと、お久しぶりですね」
 「・・・・・偶然時間が空いてな」
 「偶然・・・・・ですか」
 孫達とも年に数回しか会えないほど多忙の俊栄が、わざわざいずみに会う為に時間を作ったという事を知れば、この
数時間は目を瞑ってやってもいいだろうと思った。
尾嶋を振り返れば、苦笑しながら頷きを返す。
 「とにかく、もうパーティーの時間だ。急いで用意しなさい」
 「洸も。土産は後でゆっくり見せてくれ」
 「え?僕も?」
 「1人で部屋にいても退屈だろう?会場では付きっきりとはいかないが、私もいるし、松原君も、ね」
 「そうだよ、一緒にいよ?」
 本音で言えば、自分の目の届くところに洸を置いておきたいだけなのだろうが、尾嶋の言い回しでは洸の為に、という
意味になる。
まだ幼い洸は尾嶋の意図通りに意味をとらえ、、自分を気遣ってくれる尾嶋に感謝の視線を向けた。
 「僕、邪魔にならないようにしますから」
 尾嶋の意図を正確に捉えた2人の大人は呆れたような視線を向けるが、いずみは尾嶋に向かって張り切ったように
言った。
 「洸君のことは、俺が責任持って見てますから!」
 「頼むよ」



 「うわ〜、人いっぱい」
 「ホントですね〜」
 レセプションパーティーなど初めてのいずみと洸は、広間を覆いつくす人々に圧倒されていた。
今日明日は招待された者達だけが滞在するので、実際はロビーからずっと、パーティーの様相を示している。
 「いずみ、何か・・・・・」
 「北沢専務っ」
食べるかという言葉は、不意に掛けられた声で止まってしまった。
慧に話しかけたのは中年の紳士で、傍には妻らしき中年の女と、娘だろう若い女が立っていた。
 「・・・・・ああ、布川社長。あなたも招待されていたんですか」
 直ぐに対応する慧を尊敬の眼差しで見つめていたいずみは、ふと自分と同じように慧を見ている視線に気付いた。
(この人・・・・・)
男の娘だろう女はいずみより少し年上らしいが、うっとりとした目で慧を見ている。
家柄も文句くち無く、地位も財産もあり、俳優張りの容姿で、その上独身。女達には最高の条件を持つ男と映るだ
ろう。
よく見ると、会場中のあちらこちらから慧に熱い視線が向けられている。
誇らしい気持ちが確かにあるのに、いずみは胸がチクチク痛むのを感じた。