勢いで飛び出したのはいいが、見知らぬ土地で、おまけに仕事中だ。
モヤモヤとした気持ちのいずみは何気なく出て行ったホテルのプライベートビーチで、ホテルの部屋で休んでいるはずの
尾嶋と洸の姿を見つけた。
(部屋に戻ったんじゃないんだ)
 洸が心配だったいずみは声を掛けようと近付いたが、
 「和彦さん、僕がいて迷惑じゃない?」
不意に聞こえてきた不安げな洸の声に、いずみは思わず足を止めてしまった。
 「どうしてそう思うんだ?」
 「だって・・・・・僕がいたら、和彦さん、何も出来ないでしょう?」
 「そんなこと・・・・・」
 「朝は朝食を作って送り出してくれるし、夕食も出来るだけ一緒にとってくれる。休みだって、僕を色んなとこ連れて
行ってくれて、全然自分の為に時間使ってないじゃない」
 「洸・・・・・」
 盗み聞きをするつもりはなかったが、いずみはそこを動くことが出来なかった。
(そういえば尾嶋さん、結構帰りは早いよな・・・・・)
どうしても断われない接待以外、尾嶋は帰社時間が早かった。いずみは、それは尾嶋を始め、秘書課の人間がみな
優秀だからだと思っていたが、極私的な理由からなのだと初めて知った。
(そっかー、洸君の為だったのか)
尾嶋がどれだけ洸を大切にしているのか、それだけでもいずみには十分分かったが、まだまだ子供の洸には伝わりにく
い行為のようだ。
 「こ、恋人とだって、会う時間ないんじゃないの?いいんだよ、僕ちゃんと留守番してるし、もしマンションで会うなら、
友達のとこに行ってるし」
 「洸」
 「だから、和彦さん、僕に遠慮なんて全然しなくていいんだよ?」
 「洸、ちゃんと聞きなさい」
 尾嶋は興奮気味の洸の身体を抱き寄せると、ポンポンと軽く背中を叩いた。
 「私は洸に遠慮なんかしていない」
 「だって!」
 「何時も洸といるのは、私が一緒にいたいからだ」
 「・・・・一緒に?」
 「結構露骨に態度に表していたつもりだったんだが・・・・・分からない?私は洸が好きなんだ」
 「え?」
 「もちろん、肉親として大切に思っているがそれ以上に・・・・・恋愛対象として、お前を愛している」
 「!」
(・・・・・!)
洸だけでなく、影で聞いていたいずみも驚いた。
大人でスマートな尾嶋が、これ程真っ直ぐな告白をするとは想像出来なかったからだ。
(な、なんだか俺の方が照れるよ・・・・・)
 しかし、当然ながらいずみより洸の方が驚き、洸は目を丸くして尾嶋を見つめた。
 「和彦さんが・・・・・僕を?」
 「そうだ。お前より随分年上で、その上叔父さんで、男同士で、お前にとっては対象外だろうが・・・・・」
 「そんなことないよ!」
 「洸」
 「僕っ、僕だって和彦さんが好き!」
 飛びつくように首に手を回して抱きつく洸を、尾嶋は更に強く抱きしめる。
(・・・・・いいな)
肉親とか、男同士とか、様々な問題はあるが、お互いがお互いを思い合っていることが羨ましかった。
 自分はどうだろうかと考えて、いずみは落ち込んでしまった。
(専務だけが悪いんじゃないのに・・・・・)
好きだと言われて、キスもした。慧のマンションで告白された時は、その誠実な言葉を確かに信じた。
それなのに、慧を信じきれないと思うのは、慧の余裕のせいではなく、きっと・・・・・自分の気持ちのせいだ。
受け入れたいのにそんなことかあるはずはないと、一番不誠実なのは慧のせいにする自分だ。
(どうしよう・・・・・)
 謝らないとと考えたいずみが踵を返そうと振り返った瞬間、
 「!」
思わず叫びそうになったいずみの口を塞いで、慧はしいっと声を潜めた。
 「2人に見付からないように」
その言葉に慌てて尾嶋達に視線を向けるが、2人はいずみ達に気付いた様子はなかった。
 「このまま、私の部屋に行こう。・・・・・いいね?」
 「・・・・・」
 コクコクと頷いたいずみは、そのまま慧に腕を引かれて歩き始めた。



(・・・・やっと、登場したか)
 「和彦さん?」
 尾嶋が笑った気配がして洸は顔をあげる。
 「何でもないよ。洸、キスはしたことある?」
尾嶋の言葉に一瞬にして真っ赤になったが、洸は思い切ったように尾嶋に言った。
 「ないよ。だから・・・・・和彦さんが教えて」
 「・・・・・可愛いな」
 まだまだ子供の洸に、尾嶋は口を合わせるだけの軽いキスをする。
立ち去った2人のことは思考の外に追いやり、こんな軽いキスだけで震える洸の身体を、尾嶋は誰よりも愛しく思いな
がら抱きしめた。