後は慧の承諾待ちだった為か、見合い話はあっという間に段取りが決定した。
三日後、都内の某ホテルのフレンチレストランで、これは慧の強硬な意見からだが両親と共にという堅苦しい形ではな
く、当人同士だけのフランクな見合いという事になった。
 しかし、いずみは尾嶋から詳細を聞かせれた時、なぜ場所がホテルのレストランなのだろうと訝った。食事だけなら都
内にも数限りなく店はあるはずだ。
(どうしてホテル・・・・・ホテルだよ?)



 「で、いずみ君は何が不満なわけ?」
 「だ、だって、ホテルですよ?その、場所的に、ちょっと・・・・・」
 「や〜ね〜。いくら手の早い専務でも、見合い直後にホテルの部屋で食っちゃったりしないわよ。食事と同じ場所で
なんてスマートじゃないとか言ったりしてね」
 「・・・・・」
(じゃ、じゃあ、別のホテルに行く可能性はあるってことか?)
 いずみはクスクス楽しそうに笑っている目の前の先輩を恨めしそうに見つめた。
 「加藤さん、面白がってるでしょ?」
 「まさか。休み時間を後輩の恋愛相談に乗ってるのよ?いい先輩でしょう?」
 「れ、恋愛相談なんかじゃないですってば!」
慌てて言い返すいずみを見ながら、優雅に3時のおやつであるエクレアを口にしているのは、秘書室の中でも一番年
嵩で、秘書達の姉御的存在の加藤江里子(かとう えりこ)。
いずみから見ると一回り近くも年上の加藤は(歳を言ったら怒られるが)、尾嶋が不在時のいずみの指導係だ。
見掛けは落ち着いた美女なのだがかなりさばけた性格で、秘書室の姉貴と呼ばれているくらい頼りになる存在だった。

 「専務、お見合いするんですって?」

 今日も、3時の休憩になった途端、加藤はいずみにそう言ってきた。
面白がっているのか、それとも心配しているのか、いずみにはとても判断はつきかねたが、それでもウジウジと1人で考
え込んでいるよりはましかと、まるで占い師に診てもらう客のように加藤の前の椅子に腰掛けていた。
 「まあ、場所云々はホテルが妥当でしょう?警備面も安心だし」
 「・・・・・そうでしょうか」
 「見合いの定番の場所だしね」
 「・・・・・」
 「後は・・・・・相手か」
加藤はいずみが入れた紅茶を一口飲んで喉を潤した。
 「確か、銀行頭取のお嬢さん」
 「は、はい」
相手のデーターは本来は秘密なのだが、加藤は何時の間にかその情報を掴んでいた。
 「私大卒業後、アメリカに語学留学中の24歳。趣味はマリンスポーツとパン作り。日常会話なら5ヶ国語はOKって
いう話ね。噂では、男遊びが激しくて親に海外に出されたって」
 「・・・・・なんで、そんなに詳しいんですか?」
 「噂というものは、聞く気にならないと耳に入ってこないものよ」
 ふふっと笑って言う加藤の言葉に奥深さを感じるが、いずみはその噂が噂だけではなかったら・・・・・もしも、その見合
い相手が本当に遊び人だったらどうしようかと考え始めた。
慧は一応会うだけだと言ってはいるが、一目惚れした相手に見合い話まで持ちかけてくるほどの積極的な相手だ。
もしも・・・・・。
(誘われちゃったりしたら、断れないんじゃないかな)
 今は清廉潔白な私生活を送っている慧も、以前はかなりの遊び人だったということは知っている。実際に幾つもの電
話を取り次いだし、中には会社を訪ねて来る者もいたくらいだ。
そんな慧が、好意を持って近付いてくる相手に手を出さないとは限らない気がした。
 「・・・・・」
 「何考えてるの」
 急に黙りこんでしまったいずみの顔を覗き込むと、加藤は仕方が無いわねというような表情になって言った。
 「いずみ君だって了解したことでしょう?」
 「え?」
 「専務のお見合いのセッティング。立場上断れないのは分かるけど、それだったらもっと他にも方法はあったんじゃない
かしら?影で嫌だとか思っても、口に出さなきゃ伝わらないわよ」
耳の痛い言葉だったが、確かに加藤の言う通りだ。どんなに嫌だと思っても、口に出さなければ相手には伝わらない。
(俺・・・・・酷いことした・・・・・)
あれだけ好きだと言ってくれる相手に対し、いくら仕事の延長上と割り切ったつもりであっても、それは酷い裏切り行為
だということが、いずみはようやく実感して分かった。



 「・・・・・」
(まあ・・・・・仕方が無いな)
 立ち聞きするつもりではなかったが、丁度秘書室に戻った時に聞こえてきた声に、尾嶋は姿を見せずにパーティション
の影に立っていた。
職場で話すような内容ではないかもしれないが、ここの秘書室の女性軍にはいずみと慧の関係は既に知られているし
公認だ。どちらかといえば、百戦錬磨な慧が初心ないずみに振り回されているのを楽しんでいるようにも見えるが。
 「・・・・・」
 尾嶋はそのまま中に入っていかず、もう一度部屋の外に出るとそのまま専務室へと向かった。
軽くノックをして中に入ると、不機嫌そうな慧の顔が直ぐに視界に入ってくる。
 「・・・・・人相が悪いですよ」
溜め息混じりにそう言ったが、何時もは何だかんだと言い返してくる慧は黙ったままだ。
(相当滅入っている、か)
 見合いをセッティングしたいずみの方も、された慧の方も、お互いが別の理由で落ち込んでいる。
可愛い青年が落ち込んでいる姿は見ていても楽しいと思うが、自分とそう背格好の変わらないごつい男が落ち込んで
いても暑苦しいだけだった。
 「私の可愛い部下を苛めないでくださいよ」
 「・・・・・」
 「秘書室で泣きそうな顔をしていました」
 「・・・・・泣きたいのはこっちだ」
 ようやくそう言った慧は、椅子の背に身体を預けて空を睨んだ。
 「惚れている相手から他の女との見合いを勧められたんだからな」
 「仕方が無いでしょう。あなたのような立場の方は、遅かれ早かれこういったことがあるのは想像出来たはずです。日
本はまだ、独身には厳しいんですよ」
既に全ての煩わしいものを切り捨て、本当に愛しい者だけを手の内に入れている尾嶋は、名家ゆえ全てを捨てられな
い慧を気の毒に思っていた。
それでも、本当に自分が望むのならば方法は幾つでもあるはずだ。
 「今回はとにかく相手のご令嬢の身辺の問題もあるのでお断りするのは容易ですが、この先同じようなことをしたくな
いのならばあなたが何か考えないと」
 「・・・・・」
 「子供の彼に多くを望むのは可哀想ですよ」
 「・・・・・」
尾嶋の言葉に、慧は何も答えられないようだった。