「遅れて申し訳ありません」
 気の進まない見合いの為に丸一日スケジュールを空ける気は無いと言い切った慧は、午後の見合いの直前の会
議が長引いてしまい20分ほど遅れてホテルに着いた。
当然のように相手は既に待ち合わせのレストランにいたが、直ぐに謝った慧に向かって艶やかな笑みを向けながらいい
えと首を振る。
 「お仕事がお忙しいのは分かっていますもの」
 「ありがとう。何か頼みましたか?」
 「いいえ、まだ何も」
 「ああ、じゃあ」
 慧は直ぐにウエイターを呼び、ランチの注文をした。
 「ワインは?飲めますか?」
 「あ、少しだけ」
その答えに店で一番上等なワインを注文すると、慧は改めて目の前の女に向かって軽く頭を下げた。
 「改めまして、北沢慧です」



(・・・・・70点)
 ワインを口に運びながら、慧は目の前の女の採点をした。
経歴、家柄共に問題なく、容姿も美人といえるレベルだったが、時折自分に向けられる媚を含んだ視線が鬱陶しかっ
た。元々、慧を見初めた女側からのアプローチだということである程度の予想は付いていたものの、海外に留学してい
るという相手の積極性には辟易する。
(やっぱり、いずみがいいよなあ〜)
 未だにキスをするだけでも顔を真っ赤にするいずみ。しかし、多分この目の前の女だったら、いきなりホテルの部屋へ
誘ったとしても躊躇いなくついて来るだろう。
いずみと知り合う以前の自分だったら1回くらいは寝たかもしれないが、今の慧にそういう気持ちは起こらない。
(あ〜、帰りたい)
パクパクと食事を進め、相手の言葉に愛想良く相槌を打ちながらも、慧はチラチラと服の袖口から見える時計に視線
を向けていた。



 「・・・・・どうやら無難にこなしているな」
 「は、はあ」
(凄くニコニコ笑ってるように見えるんだけど・・・・・)
 レストランの入口で、こっそりと中を覗き込みながらいずみはそわそわとしていた。
遅れる慧の変わりに女の相手をしていたのは尾嶋で、慧をここに送り届けたのはいずみだった。
車の中では何を言うことも出来ず、まだ機嫌を損ねたようなムッツリとした表情で車を降りた慧だったが、入口で尾嶋と
すれ違って中に入った途端、その表情は一変した。どんな女でも思わず見惚れてしまうような、大人の魅力を兼ね備
えた王子様・・・・・いや、その立場は王子様には間違いがないのだが。
(それにしても、嬉しそう・・・・・)
 「どうした」
 「え?あ、いえ」
 「これくらいで落ち込むな」
 「お、落ち込んだりなんか、しません」
 たった1回、今日、会ったらそれで終わりだ。
後は相手がどんなに言い寄ってこようとも、尾嶋が先方に断りを入れる。
しかし、いずみは直ぐに安堵することは出来なかった。こんなことがこの先無いとは限らないし、そうだとしたら、自分はそ
の時どうするだろうか。考えてもなかなか答えが出てこなくて、いずみは不安になってしまうのだ。
 「・・・・・尾嶋さん」
 「なんだ?」
 「俺・・・・・どうすればいいんでしょうか・・・・・」
 「考えるのは自分だ」
 「・・・・・」
 「誰かが答えを提示したとして、それに従って失敗したとしたらどうする?その時お前は誰を責めるんだ?」
 「・・・・・」
 「時間はまだある。よく考えなさい」
 きついような響きに聞こえるが、尾嶋の言葉はとても優しい。
しばらく俯いていたいずみは、微かにコクンと頷いた。



 これから飲みに行こうと誘ってくる相手を笑顔と話術で丸め込み、慧はホテルの玄関で相手をタクシーに乗せた。
車で送ってやっても良かったが、そこでまた繋がりを付けられるとやっかいだ。
 「はあ〜、終わった」
出来ればここで伸びをしたいくらいだが、まだタクシーの姿が見えている。
 「まあ、胸は美味そうだったけどな・・・・・」
相手には聞かせられないようなことを言いながらにこやかに車を見送り、タクシーが見えなくなって初めて慧は大きな溜
め息をついて後ろを振り返った。
 「これでいいのか?」
 「ご苦労様でした」
 何時の間にか姿を現していた尾嶋が笑いながら頭を下げて言う。隣にはいずみも立っていて、尾嶋に合わせて慌て
たように頭を下げていた。
 「今からどうされますか?」
 「・・・・・そうだな」
時刻は午後3時を少し過ぎた頃だ。
会社に戻って仕事をするには少し中途半端になってしまうだろう。
 「半休、いいか?」
 「ええ、お駄賃として」
 「お駄賃、ね」
見合いも仕事の内だと言い切った尾嶋らしい例えだなと慧は苦笑する。大したことはしていないが気疲れしたので今
日はもう帰って休もうと思った。
そう決めると、慧はチラッといずみに視線を向ける。先程から一度も自分と視線を合わせないいずみに対し、慧は少し
意地悪な気持ちで声を掛けた。
 「いずみ、来るか?」
 「・・・・・え?」
 「私のマンション。今なら尾嶋もお前に休みをくれそうだ・・・・・なあ」
 「・・・・・我が儘ですねえ」
 どうだと言うように視線を移すと、尾嶋はそれと分かるように大きな溜め息をついて見せた。しかし、いずみに分からな
いように一瞬こちらを見た目には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
(面白がってるな、こいつ)
専務と秘書という関係と共に悪友でもある尾嶋の目には、あれほど遊んでいた慧の今の様子は滑稽に見えるのかも
しれない。
それでも、慧は構わなかった。本当に欲しいものを手に入れる為には、どんな手段だって講じてみせる。
 「いずみ」
 もう一度、その名を呼んだ。
いずみがどういう返事をするのか、自然と慧の眼差しは懇願する色を帯びていた。