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(何をやってるんだ、俺は・・・・・っ)
いずみを抱きしめたまま、慧はいずみの気持ちに全く気付かなかった自分に舌打ちをうった。
自分の方がこういったことに慣れているはずなのに、どうしてその意図を汲み取ってやれなかったのかと悔しかった。
「いずみ・・・・・っ」
「せ、専務」
「・・・・・ありがとう」
ただ、そう礼を言うことしか出来ない。こんな煮え切らない卑怯な自分に、自分から歩み寄ってくれたいずみが愛しくて
仕方が無い。
(欲しいと言い続けて来たのは俺なのに、悪い、いずみ・・・・・)
シャワーから出てきた温かい湯を浴びて、いずみはようやくほうっと溜め息をついた。
自分の言った通り、バスルームを貸してくれた慧はとても紳士で、いずみにキスもしないまま見送ってくれた。
心の準備がまだ出来ていないいずみはホッとしたが、その反面何も行動しない慧に対してモヤモヤとした気持ちが生ま
れたのも確かだ。
かなり高額なマンションだけに、浴槽も数人の家族が一緒に入れるほど広く、脱衣所との仕切りのドアは全て透明
なガラス戸だ。
ロールスクリーンを下ろせば目隠しになるようだが、誰も入ってくるはずも無く、直ぐに出るつもりのいずみは下ろさないま
ま洗い場に立っていた。
「・・・・・いいのかな」
広いバスルームの中、シャワーの水音に消えそうなほどの小さな声でいずみは呟いた。
(もしかして・・・・・そんな気分じゃないのかも)
たった数時間前、意に沿わぬ見合いをしたばかりの慧は、今とてもいずみとどうこうするような気分ではないのかもしれ
ない。
自分でセッティングしたくせに、慧の見合い相手に妬きもちをやいてしまい、その感情のままここまでついて来てシャワー
まで浴びてしまっているが、もしかして自分の気持ちを慧に押し付けようとしているだけではないのかと怖くなる。
(どうしよ・・・・・)
熱いくらいのシャワーを浴びているのに身体が寒くて肩を抱きしめたいずみの耳に、不意にコンコンと浴室のドアを叩く
小さな音が聞こえた。
「いずみ」
「・・・・・っ」
その声に慌てて振り向いたいずみは、ガラス戸の向こうに立つ慧の姿を見つけた。
「せん・・・・・っあ」
自分に慧の姿が見えているということは、慧にも自分の姿を見られているということだろう。
部屋着に着替えている慧とは違い、自分は何も来ていない裸の状態だ。とっさにその場にしゃがみ込んで身体を隠し
たいずみは、慧に向かって背中を向けたまま言った。
「すみませんっ、俺、直ぐ帰りますから!」
「いずみっ?」
「すみませんっ」
慧の気持ちを確認する前に、勝手に先走ってしまった自分が恥ずかしい。頭からシャワーに打たれたまま、いずみは
何度も何度も謝った。
「ゆっくり温まってきなさい」
抱きしめたいずみの身体を解放し、そのままバスルームに連れて行ったのはいずみの為を思ってだ。
自分から行動してくれたいずみの気持ちが嬉しくてそのまま襲い掛かりそうになってしまう自分から、とにかく一度いずみ
を引き離した方がいいと思ったのだ。
しかし、バスルームに消えていくいずみの一瞬振り返った顔がどうも気になって、慧は様子を見る為にやってきたのだ
が・・・・・。
「直ぐに帰りますから!」
「いずみっ?」
いきなり屈みこんだいずみがなぜそう言ったのか分からないが、このままそれを黙って受け入れることは出来なかった。
浴室に向かうドアに手を掛けると、鍵が掛かっていないドアは簡単に開く。
「・・・・・っ」
「やっ」
流れ続けるシャワーの下、慧はいずみの身体を背中から抱きしめた。見る間に服が濡れていくが、慧は全く気にも
留めない。
「いずみっ」
「やだ、やだ、放してくださ・・・・・」
「いずみ」
耳元で何度も名前を呼んだ慧は、頑なに俯こうとしているいずみの顔を強引に上向かせると、そのまま唇を重ねた。
「ふっ・・・・・んっ」
食いしばった唇の為に口腔内に舌を入れることは出来ないが、慧は構わずにいずみの唇を舐め、歯で噛んだ。
「ふ・・・・・っ」
そのまま唇を離さないでいると、息苦しくなったのかいずみが不意に口を開いた。
その瞬間口腔内に滑り込んだ慧の舌は、傍若無人に中を味わう。所在無げないずみの舌を絡め取って吸い上げ、
溢れる唾液を注ぎ込んだ。
「・・・・・っ」
次第に身体から力が抜け、縋るように慧のシャツを掴んでくるいずみをキスで翻弄しながら、慧はあまりにも慎重にし
過ぎた自分の行動を後悔していた。いずみのことを思って時間の猶予を与えたつもりだが、返ってその間がいずみを不
安にさせてしまったのだ。
もっと、こうして強引に奪ったなら、いずみは不安を感じる前に慧の気持ちを感じ取れたはずだ。
(すまない、いずみ)
本気の相手との距離感を図りきれなかった自分が全て悪いと思った。
奪うような口付けを受けながら、いずみはただ慧にしがみ付くことしか出来なかった。
今この瞬間まで感じていた不安が、この口付け一つで見る間に溶けていくのが分かる。
「んっ・・・・・ふっ」
クチュ
煩いほどシャワーの水音がバスルームに響いているのに、いずみの耳には自分の口の中を思う様味わう慧の舌の水音
の方が大きく聞こえ、それが今自分達が何をしているのか突きつけられているようで耳まで熱くなった。
「・・・・・はあっ」
やがて、ようやく慧はいずみを口付けから解放し、そのまま真っ直ぐ顔を見つめてくる。何時もは綺麗に撫で付けられ
ている髪が濡れて額に掛かり、何だか別人のように感じてしまった。
「愛してる、いずみ」
「・・・・・っ」
「このまま抱くからな」
きっぱりとそう言い切った慧はいずみの身体から手を放すと、すっかり濡れてしまったシャツをその場に煩そうに脱ぎ捨て
た。
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