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初めていずみを抱く時は、一流ホテルのスイートルームのような場所で、甘く甘く身体を溶かしてから、痛みなど感じ
させないように抱こう・・・・・慧は頭の中でそう考えていた。
しかし、想像と現実はやはり違う。いずみがこんなに色っぽく誘ってくる(あくまでも慧の私見だが)とは思わなかったし、
自分がこんなにも焦るとは思わなかった。
水を含んだ服を脱ぎ捨てるのももどかしくて仕方が無くて、慧はつい荒々しく舌打ちを打ってしまい、そんな自分にい
ずみが怯えるのが分かると更に焦った。
「・・・・・悪い」
「・・・・・あの、専務・・・・・緊張してるん、ですか?」
慧の何時もと違う様子が分かるのか、いずみが恐る恐る聞いてきた。
さすがにこんな場面で役職名で呼ばれるとは思わなかった慧は、眉を潜めてその言葉を否定する。
「専務は止めろ」
(何だか、悪い事をしている気分になる)
「で、でも、その方が楽しいかもって・・・・・」
「・・・・・誰が言った?」
「ひ、秘書課の、先輩達、です」
「・・・・・っ、それは、ありえないから」
(あいつら、いずみに余計な知恵付けさせやがって・・・・・っ)
なぜか、慧といずみの関係を最初から好意的にというか・・・・・面白がって見ているらしい秘書課の面々は、かなり
色んな知恵をいずみに付けているらしい。才色兼備で、慧の容姿にも財力にも興味を持たない彼女達には慧も弱く
(尾嶋は全く動じない)、なかなか注意も出来なかったが、こんな事まで言っているとは全く考え付かなかった。
「せ、専務?」
「慧」
「・・・・・なんか、名前で呼ぶの、恥ずかしいです」
「今の格好は恥ずかしくないのか?」
「あ?うわあぁ!」
慧の様子を伺う事に意識を向けていたいずみは自分が今全裸だという事をすっかり忘れていたようで、慧にそう言わ
れて自分の身体を見下ろした途端叫んだ。
とっさに薄い下生えの毛とペニスを両手で隠すが、それだけではどうも心許なかったらしく、慧の視線から身体を隠すよ
うに身を捩る。しかし、返って腰から小さな尻の線までが丸見えになり、慧は思わずぷっとふき出してしまった。
(全く、可愛い奴)
(う、うわっ、どうするよ、俺っ、こ、ここで、するってことっ?)
もちろん、自分でもある程度覚悟をしてシャワーを浴びていたのだが、まさか慧まで一緒にバスルームに入ってくるとは
思わなかった。
(隠れるとこなんてないし〜っ)
焦れば焦るほど、今自分が何をしていいのか分からない。
「いずみ」
「え、あっ」
そんないずみに、慧が声を掛けてきた。
ほんの少し前まではいずみにも分かるほどに焦っている様子の慧だったが、今この瞬間からは完全に立場が逆転して
しまった感じだった。
上半身のシャツを脱いだ慧は、手を伸ばしてシャワーを止めると、濡れそぼった自分の髪をかき上げる。
「安心しろ、こんなとこでするか」
「・・・・・」
(あ、安心していいのかな?)
どちらにしても自分が何をしたらいいのか分からないいずみは、縋るような眼差しで慧を見つめる事しか出来なかった。
(あんな情けない姿見せたんだからな)
いずみに対してはどうしても格好をつけたかったが、ここまできたらもうそんな事は関係なかった。いや、いずみ相手だ
からこそ、素の自分が出てしまうのだろうと思える。
割り切った慧はいったん浴室から出ると脱衣所で全ての服を脱ぎ捨て、そのままバスローブを羽織った。
ガラス越しにこちらを見ているいずみの目には自分の全てが見られているとは思うが、既に勃ち上がりかけたペニスを恥
ずかしいとは思わなかったし、むしろ自分がどんなにいずみに欲情をしているのか知ってもらうには言葉にするよりもよほ
ど雄弁だと思った。
「なかなか思い通りには行かないものだな」
ふと、苦笑混じりの言葉が洩れた。
当初いずみを抱く為に色々考えていたシチュエーションは全て無駄になってしまったようだが、自分達にはむしろこんな
計算出来ない展開の方がいいのかもしれない。
「・・・・・」
慧はもう一着のバスローブを腕に取り、再び浴室の中に入った。
そして、ペタンと床に尻を着いた形のいずみの肩からバスローブを掛けてやると、そのまま身体を抱き上げる。
さすがに成人の男の身体なので女よりは重く、柔らかくもないが、歩けないほどではないようだ。
「あ、あのっ」
「ん?」
「ど・・・・・どこに、い、行くんですか?」
「寝室。やっぱり初めてはベッドの上にしないとな」
濡れた身体のままベッドの上に下ろされたいずみは、肩に掛けられているだけのバスローブを引っ張って何とか身体を
隠そうとした。
シーツが濡れてしまうのも気になるが、寝室という普段裸にはならない場所で素肌を晒すのはやはり恥ずかしくてたまら
なかったのだ。
「で、電気、電気消して下さいっ」
せめて真っ暗ならば恥ずかしさもかなり解消されるだろうと思って言ったのだが、慧が直ぐに駄目だと首を横に振る。
「顔が見えないとつまらないだろ」
「そ、そんなことないですよ?」
「俺はお前の顔が見たい」
「・・・・・」
(そんな言い方・・・・・卑怯だ)
恥ずかしさを退けて考えれば、いずみだって慧の顔を見ていた方が安心出来る。暗闇で、相手が誰かも分からないと
いうのはとても怖い感じがした。
(ど、どうしよ・・・・・)
ゆっくりと身体を押し倒され、慧が覆いかぶさってくる。バスローブの紐は結んでいないので、嫌でも逞しい慧の身体
が目に入ってきた。羨ましいほどの大人の男の身体をしている慧にとって、自分の貧弱な身体はどんな風に目に映っ
ているのだろうか?
(い、嫌とか、思わないかな)
やはり、女の身体じゃないからと、途中で嫌になってしまわないだろうか。
「せ、専務」
「慧」
もう一度注意され、いずみは思い切って慧の名を呼んでみる。
「さ、慧さん、俺・・・・・」
「出来るだけ優しくしたいとは思っているが・・・・・痛かったらそう言ってくれ、出来るだけ気をつける」
出来るだけ・・・・・その言葉が、慧もやはり緊張しているのだなと感じて、いずみはもう、全部慧に任せようとコクコクと
頷いた。
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