3
部屋割りは組長の独断であっさり決まった。
楓は雅行と同じ部屋(もちろん一番いい部屋)で、伊崎は少し小さめの部屋に一人で泊まることになった(これに文句を言う人
間は当然一人もいなかった)。
後の組員達は4、5人ずつの部屋なので、楓は少し狭いんじゃないかと言ったのだが、
「全員、宴会場で雑魚寝させるよりはいいだろう」
と、雅行はこともなげに言って楓の心配をあっさりとかわした。
「兄さん、風呂、風呂!」
早速部屋に荷物を置いた楓は、用意されていた浴衣を手にとって雅行を急かせた。
この旅行では料理が1番、そして風呂が2番目の楽しみだ。楓はゆったりと動く兄の手を引っ張った。
「兄さんまだ若いのにジジ臭いってば!早く大浴場に行こうっ!」
「おい、茶ぐらい飲ませろって」
楓の髪をクシャッと撫でて、雅行は座椅子に腰を下ろす。
雅行としては着いた早々風呂に入らなくてもと思っているのだろうが、楓はその数十分間が待てないのだ。
「じゃあ、俺先に行くよ?後から絶対来てね!」
「おいっ、楓!」
まだ20代というのに、老成したように落ち着いた兄のペースを待ってはいられなかった楓は、さっさと荷物を持って部屋を出た。
この旅館は大浴場と露天風呂が何種類かあるらしく、楓は滞在している間に全部に最低2回は入るつもりだった。
(あ〜、楽しみ♪)
浮かれていた楓は、伊崎を誘うことをすっかり忘れてしまっていた。
楓が部屋から出て行って10分ほど過ぎた頃、小さなノックの音がした。
用心の為に部屋の鍵はしっかり掛けていたので、雅行は立ち上がって自ら鍵を外してドアを開けた。
「伊崎」
多分そうだろうとは思っていたが、立っていたのは伊崎だった。
「何だ、やっぱり俺を誘いに来たのか?」
「え?」
やはり1人で行くのは寂しかったのかと苦笑しながら伊崎の背後を見るが、そこに楓の姿は無かった。
「ん?楓は?お前の部屋で待っているのか?」
「・・・・・組長、楓さんはどちらに?」
硬い、伊崎の声がした。
しかし、その頃になって雅行も自分の勘違いに気付いてしまい、視線を鋭くして早口に言った。
「大浴場に行くと言って出て行ったんだが、俺はてっきりお前も誘っているとばかり思っていた」
「失礼しますっ」
雅行の言葉を最後まで聞かず、伊崎は踵を返した。
鼻歌を歌いながら上機嫌に大浴場にやってきた時、楓達と同じように夕方チェックインした客が何人か脱衣所にいた。
父親ぐらいの男や、まだ大学生くらいの男と、、年齢は意外なほどバラエティに富んでいたが、考えれば自分達の一行もそうだっ
たなと楓は少しも気に止めることはなかった。
「・・・・・?」
ただ、楓が入ってきた瞬間、それまで廊下にまで聞こえていた賑やかな声が急に止んでしまい、驚いたような視線が幾つも自
分を見ているのがうっとおしくて仕方が無かった。
「あ、あの」
「・・・・・」
その中の1人、40代位の男が楓に声を掛けてきた。既にシャツのボタンを外していた楓は、黙ったまま何だという目線を向ける。
わざわざ時間を取ってやる義理も無いので、どんどん服を脱ぎ続けていると、声を掛けてきたきり何も言わなくなった男の顔が次
第に赤くなっていくのが分かった。
(・・・・・なんだ)
そこで、楓はようやく気が付いた。
多分ここにいる男達は、楓のことを女なのではないかと思って驚いたのだろうと。
本来そういう視線には敏感なはずの楓も、初めての伊崎との旅行(他にも連れはいるが)に浮かれて少し気が緩んでいたらしい。
(どうするかな・・・・・)
この男達の前で裸になってもいいのかどうか少し迷った。
男同士だし、風呂に入るのに裸でいるのは全くおかしくないのだが、ただじっと見られているというのも面白くない。
「・・・・・」
だが、やはり温泉というのは捨てがたく・・・・・楓は意識を切り替えて開き直ることにした。
「良かったら、背中流してくれます?おじさん」
「え、ええっ?」
「俺、今1人で来ちゃったから」
「あ、ああ!全然いいよ!」
「・・・・・」
(何それ、変な日本語になってるじゃん)
心の中では文句を言いながらも、表面上は楓はにっこりと笑った。
そして、まるで見せ付けるようにゆっくりと服を脱いでいく。
(なんか、ストリップでもしてる気分)
肩からシャツを外し、ジーパンのホックをそっと外す。ジーパンを下ろすと、すんなりとした綺麗な脚が露になった。
とても男の脚だとは思えないほどに体毛は薄く、肌は白いというよりも真珠のように光沢のある色だ。華奢でいながら痩せぎすと
いうわけではなく、うっすらと筋肉の付いた身体は、とても女には見えないだろうが・・・・・。
ゴクッ
誰かが唾を飲み込む音が静まり返った脱衣所の中に響く。
楓は構わずに、今度は最後の衣類・・・・・下着に手を掛けた。
「楓さん!」
「え?」
伊崎が大浴場に飛び込んだ時、楓は既に下着姿になっていた。
伊崎が愛する綺麗な身体は、既に上半身は露になってしまっている。
(どうにか最後は間に合ったか・・・・・)
伊崎はようやくホッとしたように息を付いた。そして、そのまま脱衣所の中にいた男達1人1人に鋭い視線を向けた。自分だけが見
ることが出来る楓の身体をここまで見てしまった奴らの記憶を消してしまいたいくらいだった。
「楓さん、風呂に行くなら絶対に組長か俺を誘ってください。くれぐれも1人にならないように、分かりましたか?」
「そうだな。俺も鬱陶しい視線をずっと感じるのはごめんだし」
楓がこともなげに言うと、それまで脱衣所にいた男達はほとんど浴衣を着ないまま・・・・・中には下着姿のままで・・・・・慌てたよ
うに外に出て行った。
「・・・・・度胸が無い奴ら」
あっさりとそう言い切った楓は、そのまま最後の下着を脱ぎ捨てた。
薄い下生えの中、綺麗なペニスも露になる。
「一緒に入ろ?恭祐」
「・・・・・」
「ね?」
まるで、悪魔のような誘いの言葉だった。
白い滑らかな胸に咲いた淡い桜色の乳首も、艶かしい腰から太腿に掛けてのラインも、楓は無意識のうちに一番美しく見える仕
草で伊崎に見せ付ける。
それに、伊崎は苦笑してしまった。
「直ぐに組長が来られますよ」
「え〜っ、兄さん、気が利かない」
それは仕方がないと思うが、どうやら伊崎とイチャイチャしたいらしい楓は少し眉を潜める。
伊崎はそんな楓を宥めるように、素早くキスを奪った。
「・・・・・っ」
「少しだけ、2人きりで楽しみましょうか」
「恭祐・・・・・」
「でも、組長が来るまでですよ?悟られないように意識を切り替えることが出来ますか?」
「出来る!」
楓は叫ぶように言うと、そのまま伊崎の首に飛びついた。
中にどれくらいの客がいるかは分からないが、どうやら我慢を強いられるのは自分の方みたいだと、伊崎は楓の腰を抱き寄せて耳
元に唇を寄せながらそう思った。
![]()
![]()
![]()