男ばかりの宴会。
それに、この世界では若い頃から酒を飲む者も多く、宴会はたちまち無礼講の飲み会に早変わりしてしまった。
もちろん楓もそれには慣れているし、今更組員達の全裸踊りを見たって動揺などしない。
 「あ、あんまり飲むなよ、歳なんだから!」
 「坊ちゃん〜」
 「はい、ウーロン茶」
それでも、年配の組員の酒量は気になって、楓はまるで口煩い孫のように言った。
組員達も口では困ったと言っているが、その表情はとても嬉しそうだ。可愛い楓のその言葉がちゃんと自分達を気遣ってくれてい
るのだということが分かるからだった。
 「坊ちゃん、坊ちゃんも少しだけ飲みますか?」
 「俺が飲んだら大トラになっちゃうって!ほら、そっちはちょっと飲み過ぎ!」
 こう言っては語弊があるかもしれないが、楓は年寄りの相手には慣れている。幼い頃から大東組の上層部からずっと可愛がら
れてきているので、酒を飲ますのも止めるのも上手い。
それでいて嫌味が無いのは、もう天性のものかもしれないが。



 伊崎は雅行に酒を注いだ。
既に二合は飲んでいるだろうに、少しも顔に出ないのは前組長である父親の血を濃く引いているのだろう。
(楓さんは直ぐに分かるけどな)
幼い頃から宴席にかり出されることが多い分、伊崎は酒や煙草の事にはかなり注意していた。箱入りに育てているつもりは無かっ
たが、若い頃からそういったものに手を出して将来身体に障るようなことがあってはならない。
楓は伊崎の言うことを素直に聞いたし、楓が、

 「煙草はやめた方がいいよ?俺、おじいちゃんにはずっと長生きしてほしいし」

そう、眉を潜めて言うと、大抵の者は慌てたように煙草の火を消す。
楓とよく食事に行く者達の禁煙率はかなり高いのだ。
 「・・・・・なあ、伊崎」
 少し違うことを考えていたせいか、一瞬返事をすることが遅れてしまった伊崎だったが、直ぐに雅行に身体を向き直すと、はいと
答えて先を促した。
 「あいつ・・・・・大丈夫だな?」
 「え?」
 「お前に任せて、大丈夫だな?」
 「組長・・・・・」
それがどういう意味なのか、伊崎は目まぐるしく考えた。
まさか、自分と楓の関係を知っているのかと一瞬考えたが、それならば楓を溺愛している雅行が自分に楓を任せるというようなこ
とを言うだろうか?
いや、楓の容姿が人並みはずれて美しいことを認識している雅行だが、楓のことをちゃんと『弟』として見ている。
そんな雅行だからこそ、楓が女のように伊崎に抱かれているということなど考えもしないだろう。
(・・・・・言葉通りで・・・・・いいのか)
 「もちろんです」
 「・・・・・」
 「楓さんは、私が必ず」
 「ああ」
 雅行は楓に似ても似つかない厳つい頬に笑みを浮かべた。
楓と、雅行。その容姿は同じ両親から生まれたとはとても思えないほどに違うが、その心の芯にあるものは共通していると伊崎は
知っている。
だからこそ、雅行は楓を溺愛し、楓も雅行にだけに見せる甘えがある。
多分、それは恋人である伊崎に対するものとは違うのだろう。
 「お前、絶対に苦労するだろうけどな」
 「・・・・・」
その言葉に、今現在もです・・・・・と、伊崎は心の中で答えた。



 「あっつ〜」
 宴会場には十分クーラーも効いているが、人の熱気というものはそれではとても消すことは出来ず、楓は酒も飲んでいないのに
頬を赤くして手で顔を煽った。
(本当なら俺もあんな風に・・・・・)
少し離れた場所では、若い組員が何人か上半身裸になって騒いでいる。
さすがに年長の組員達や組長である雅行がいるので完全な無礼講というわけにはいかないようだが、それでもはしゃいでいるのは
地元を離れているからだろうか。
 「・・・・・」
 楓はちらっと伊崎の姿を捜す。
伊崎はちょうど年配の組員と話し込んでいた。
 「・・・・・」
(少しならいいよな)
楓が服を着崩すことをあまり良しとしない伊崎の前ではちょっと出来ないが、それでも女物の浴衣を無理矢理男物として着てい
るので胸元が息苦しい。
楓は少しだけ襟元を寛がせ、裾を捲って膝上まで露にした。
 「あ〜、涼しい」



 それぞれ個々で騒いでいる組員達だが、その目は常に雅行と伊崎、そして・・・・・楓を見ている。
年配の組員達は孫を見るような優しい気持ちで楓を見つめ。
若い組員達は少しドキドキしながら、禁断の花を見つめるつもりで。
 固まって飲んでいた若い連中の1人が何気なく楓のいる方を見て、一瞬で固まった。そして、ギクシャクと動きながら隣の男を小
突くと、その男も同じ方向を見て・・・・・止まる。
そこにいた数人が皆同じような動きを繰り返し、その一角はしんと静まり返ってしまった。
なぜならば。
 一同の視線の先にいる楓の姿が・・・・・とても高校生の男とは思えないほどに艶っぽかったからだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
肩を出すほどでもなく僅かに緩めた胸元ら覗くくっきりとした鎖骨。男の証である喉仏はほとんど目立たない。
膝辺りまで捲くった浴衣の裾から伸びる足はすんなりと細くて、脛毛なんて無いのではないかとさえ思ってしまう。
肌が露になっているわけではないのに感じる色っぽさに、若い組員達は視線を逸らすことさえ出来なくなってしまっていた。
もちろん彼らは女を知らないわけではなく(玄人相手に童貞を捨てる者も意外と多い)、もっと際どい女の裸を見た事だって当然
ある(楓の方が桁違いに容姿はいいのは確かだが)。
それなのに、豊満な乳房の無い胸を見たいと思い、赤く染まった頬に頬を寄せ、そして・・・・・あの首筋に顔を埋めたいとさえ思う
のだ。
 ・・・・・皆、やばいと思い始めた。
このままでは、たったあれだけの露出なのに下半身が反応してしまうかもしれない。
 「おい」
1人が掠れた声で合図を送ると、一番年少の組員がぎこちなく立ち上がった。



 「楓さん、お行儀が悪いですよ」
 「え?」
 そう声を掛けるなり、楓の胸元と裾をさっと直した伊崎は、溜め息をつきながら言った。
 「いくら暑くても、こんな格好は論外です」
 「だって、皆脱いでるじゃん」
 「皆は皆です。楓さんは人に追随するような性格ではないでしょう?」
 「・・・・・」
(よく見てるよなあ、恭祐は)
注意されたこと自体は多少理不尽だと思うものの、ずっと自分を見てくれていたことは素直に嬉しいと思った。
まさか、これ以上楓の色っぽい姿を正視出来ない若い組員達が、年配の組員と談笑をしている伊崎に注意を促しに行ったとは
気付かない。
 「楓さん」
 「分かった」
 「はい、でしょう?」
 「は〜い!」
楓はワザと片手をあげて大声で返事をすると、当て付けのようにべ〜っと伊崎に舌を出して雅行の元へと駆け寄っていった。