楓はチラッと伊崎を盗み見た。
(あ・・・・・)
向こうも楓の方を見ていたのか、視線がぴったりとぶつかった。何かを聞こうとするかのようなもの言いたげな眼差しを見て、楓は内
心満足して笑った。
(だいたい、恭祐は自制心が強過ぎるんだ)
楓としては、もっともっと伊崎に自分を欲しがって欲しいくらいなのに、伊崎はその一歩手前で立ち止まってしまうことが多い。
それは2人の関係を長引かせる為にも必要なことかもしれないが、時には何も考えずにただ抱きしめて欲しいとも思った。
楓が欲しいのは何時だって伊崎だけで、伊崎以外の賛美はただ耳元で聞くだけの音楽と変わりは無いのだ。
 「ねえ、兄さん。今夜は恭祐と一緒に寝ていい?」
 楓が甘えるように雅行に言うと、酒を飲もうとしていた雅行の手が止まった。
 「伊崎の部屋に?」
 「うん、いいだろ?」
 「・・・・・」
なぜか、何ともいえないような不思議な表情になった雅行に、楓はどうしたのかと首を傾げた。
 「兄さん?」
 「あー・・・・・いや」
 「?」
 「・・・・・明日は、帰るんだぞ?」
 「知ってるよ、そんなこと」
 「・・・・・ああ、そうだな」
普段の兄らしくないその態度が気にならないわけではなかったが、一応これで兄の許可を取ったのも同然だ。
(恭祐が待てって言ったって、上に乗っかってやる!)



 雅行は何と言っていいのか分からなかった。
実際にそうだと目に見える証拠があったわけではないが、なぜだか確信がある。
多分、自分は楓の子供を見ることはないだろう。
それでも、それが楓にとっての幸せならば、自分は教えられるまで見て見ぬふりをしているしかないだろう。
それはただ、自分がまだ知りたくないと思っているからかもしれないが・・・・・。



 宴会も2日目になれば、誰もが最後まで残るということはなかった。
年かさの組員達は酒よりも温泉に浸かってのんびりとしたかったし、若い組員達は何組かのグループに固まって色々くだらない話
をして盛り上がっている。
そんな様子を見ていた雅行も立ち上がると、側にいた伊崎に言った。
 「俺も休ませて貰おう」
 「部屋までお送りします」
 「いや、俺はいい。・・・・・」
 雅行は少し口篭ったが、やがて頬に苦笑を浮かべるとポンッと伊崎の肩を叩いた。
 「今夜は楓を頼む」
 「組長」
 「あんまりあいつを苛めてくれるなよ、伊崎」
それがどういった意味なのか・・・・・伊崎が言葉に詰まるのを見ていた雅行は、そのままゆっくりと部屋を出て行った。
(楓さん・・・・・言ったのか)
確かに雅行に直接ねだればいいとは言ったが、いったい何と言って納得させたのか気になった。
 「・・・・・」
 雅行の護衛には何人かの組員が付いているので心配は無いだろう。
伊崎は既に人影も少なくなった宴会場を見回してから立ち上がった。
 「楓さん」
 「・・・・・何?」
 ようやく話し掛けると、楓は繕うことも出来ずに笑みを向けた。
 「組長に、ちゃんと話をされたんですね」
 「俺はお前と違って有言実行だから」
 「・・・・・確かに」
少し困ったように笑う伊崎とは正反対に、楓は自信たっぷりに笑う。
確かに、楓は自分よりもはるかに決断力があった。自分が右往左往している間に、楓はどんどん前に突き進んでいく。
それはどこか危なかしい面があるのも事実だが、現実に縛られている伊崎にとっては必要な強引さなのかもしれなかった。
 「では、部屋に行きますか?」
 「うん」
 差し出した手に、躊躇いも無く伸ばされる綺麗な指先。
伊崎はしっかりと楓の手を握り締めると、そのまま2人で宴会場から立ち去った。



 「あ〜!恭祐のとこにも露天風呂あるんだ!ね、入っていい?」
 伊崎の泊まっている部屋は、楓が雅行と泊まっていた部屋よりは狭いものの、十分ゆったりとした造りになっていた。
夕べは確かめることも出来なかった部屋の中をぐるぐる回った楓は、部屋風呂の引き戸を開けて歓声を上げてしまった。
露天風呂付きと謳っているだけに、どの部屋にも大小様々ながら露天風呂があるようだが、伊崎の部屋のは自然石を使った半
露天になっている風呂なので、楓は入りたくなって思わずねだってしまった。
 「いいですよ、滑らないように」
 「恭祐も直ぐに入って来いよ!」
 浴衣を脱ぎ捨てた楓は、頓着無く風呂の洗い場に立って外を眺めた。
当然他から覗かれないように山肌に沿って作られているので、眺めはかなり素晴らしい。
 「結構、いいな」
そう呟いた楓は、軽く身体を洗って湯の中に入った。少し温めだが、今の時期には結構熱く感じてしまう温度かもしれない。
 「ん〜!」
(やっぱり露天風呂はいーなー)
 これだけでも伊崎の部屋に押し掛けた甲斐はあったが、一番の目的は伊崎ともっとイチャイチャすることだ。
楓はなかなか中に入ってこない伊崎を呼んだ。
 「きょーすけ!早く!!」
 「はい」
 ガラッとドアが開かれ、浴衣を脱いだ伊崎が中に入ってきた。
 「・・・・・っ」
(タオルくらい巻いて来いって!)
部屋風呂だからだろうが、伊崎は腰にタオルも巻いてない本当の裸体だった。
痩せぎすに見える服の上からは分からないほどしっかりとした肩幅と、厚い胸板、そして嫌味なほど高い腰の位置に長い足と、ま
るでモデルのようにバランスのいい身体が目の前にある。
そして・・・・・。
 「・・・・・」
 「どうしたんですか、楓さん」
 「だ、だって、お前・・・・・少し・・・・・」
勃っていると小さな声で言えば、伊崎は笑って答えた。
 「愛しいあなたが目の前にいるんですから、反応しない方がおかしいでしょう?」
 「う・・・・・」
(なんだ、こいつ・・・・・もう恋人モードになってる・・・・・)
 嬉しいのだが、もう少し切り替えをはっきりと示して欲しいと思う。
楓としたら、先ずはイチャイチャとした触れ合いから始めたいのに、伊崎のそこを見ると、一気に空気が濃密になってしまうのだ。
まだ全然完全な勃起状態ではないとはいえ、伊崎のペニスは既に楓の勃起時よりは遥かに大きい。
(あんなの、何時も俺に入ってるんだよなあ。・・・・・俺の尻、大丈夫か?)
 「恭祐」
 「はい?」
 ゆっくりと湯に入ってきた伊崎をじっと見つめたまま、楓は心配そうに聞いた。
 「俺の尻、ちゃんと締まってる?気持ちいい?」
 「・・・・・っ」
楓としては、唐突に心配になって聞いただけだったが、大人の伊崎にとっては・・・・・そうではなかったらしい。
 「・・・・・全く」

 バシャッ

大きな音を立てた湯の中、いきなり伊崎に抱きしめられた楓は、自分の尻の辺りに触れる硬いものに気付く。
それが伊崎のペニスだと、さすがに楓も直ぐに気付いた。
 「きょ、恭祐っ」
 「ああ、すみません、あなたの言葉に感じてしまって・・・・・俺もただの男ですね」
 「!」
口調は何時もの伊崎と変わらないのに、身体だけはどんどん熱くなっていっている。
楓は何だか恥ずかしくなって、湯に入っているせいだけではなく・・・・・頬を赤く上気させてしまった。