指先の魔法
18
「今日からお世話をさせて頂きます、筒井滋(つつい しげる)です」
「海老原康哉(えびはら こうや)です、よろしく」
「に、西原真琴です。こちらこそよろしくお願いします」
駐車場で綾辻に紹介されたのは対照的な二人だった。
筒井滋は40位の、顎鬚をたくわえた大きな男だ。いかにもボディーガードといった雰囲気の目付きの鋭い男は、深々と頭
を下げた後は真琴を見ることはなかった。
もう一人、海老原康哉は、一見まだ大学生といった若い男で、容姿も今風の若者そのままだ。
両耳に3つずつあけているピアスの穴を見つめ、真琴は思わず綾辻に言った。
「海藤さんのとこって、本当にヤクザ屋さんなんですか?」
まるで職業を聞くような言い方に綾辻は笑った。
「海藤さんや倉橋さんや綾辻さん、それに海老原さんもだけど、みんなカッコいい人たちばかりで、なんだかモデル事務所
なんじゃないかって・・・・あ」
話の途中で筒井が自分の方を見ているのに気付き、真琴は慌てて言う。
「あのっ、筒井さんも渋いですよ?モデルとはちょっと違うかもしれないけど、独特の雰囲気持ってるし、その・・・・・すみま
せん」
「いいのよ。まあ、顔で組員を選んでいるわけじゃないけど、今回エビを選んだのは、大学の中で一緒にいても目立たな
いでしょ?こうみえても国立出てるから馬鹿じゃないし、厳つい顔が傍にいるより断然いいでしょ」
「そ、それはまあ・・・・・でも、大学まで来なくても・・・・・」
「だ〜め。社長の命令だから」
「でも・・・・・」
「本当に嫌だったら直接言うのね。今夜なんか、おねだりするのにちょうどいいんじゃない?」
意味深に笑われ、真琴は忘れかけていた海藤の言葉を思い出してしまった。
『抱くぞ』
(そ、そうだった、どうしよう〜)
さすがに綾辻には相談出来ない。
深い溜め息をつく真琴を、綾辻は楽しそうに見つめていた。
腕時計に目を落とした海藤は、そろそろ真琴がウロウロと部屋の中を歩き回っている頃だろうと、その姿を想像して僅か
に笑った。
良いも悪いも全て言動に出てしまう真琴は本来なら分かりやすいのだろうが、その行動が海藤の想像の範疇外なので毎
日が新鮮だった。
今朝も本当はまだ遅くマンションを出ても良かったのだが、わざと真琴に会わないで出かけた。真琴にもっと今夜の事を
意識させる為だ。
初めてのあの夜の行為が、真琴にとってはかなりマイナスなトラウマになっていることは分かっていた。それは海藤自身が分
かってしたことだったが、今になって少しだけ後悔をしていた。
真琴が自分を怖がるのは理解出来たが、自分が真琴に触れるのが怖くなるとは思っていなかったからだ。
誰かに触れるのが怖いなどと海藤は想像さえした事がなかった。女は誰もが海藤に触れられるのを望んでいたし、まして男
など許容範囲外で傍に近づくのさえ許さなかった。
何に対しても自分が主導だった海藤が、初めて自分以外の気持ちが気になった相手が真琴だ。
自分の存在を体に植えつける為に酷く抱いたくせに、一緒に暮らすようになり、その心までも欲しいと強く望む自分に気付
いた時、海藤は初めてその手を拒まれるのが怖くなった。
「明日、10時の飛行機だったな」
突然聞かれたが、倉橋はよどみなく答えた。
「はい。8時過ぎにはお迎えにあがります」
「10時にしろ」
「・・・・・はい」
いきなりな予定の変更にも、倉橋は即座に頷いて頭の中で予定を組み替える。
「・・・・・」
どうしても変更出来ない予定の中国行き。
わざわざ今夜抱かなくてもいいのだが、この中国行きを切っ掛けにしなければ動けなかった自分が滑稽だ。
「・・・・・」
海藤はもう一度時計に目を落とす。
誰かが待つ家というものを持ったことのない海藤にとって、真琴のいる家は既に自分にとっての家になっている。
早く帰りたいと思いながら、海藤はシートに背を預けて目を閉じた。
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