指先の魔法










 目の前にいる男は、明らかに違う世界の住人だった。ずば抜けたその整った容姿より、まとっている圧倒的なオーラが一
般人と全く違うのだ。
軽く撫で付けた黒髪に、端正な容貌。ノンフレームの眼鏡を掛けてはいるが、その鋭い眼差しをけして和らげることは無い。
男らしい少しだけ厚めの唇が、ストイックな雰囲気を艶やかに変えている。
座っていてもかなりの長身だと分かる長い足。その間に、今も女が蹲って奉仕を続けていた。
 「は、離してあげて、下さい」
 小さな声で、それでもはっきりと言い切った真琴に男は内心感心する。
はっきりと正体は分からないだろうが、見るだけで男が一般人ではないと気付くはずだ。普通なら萎縮して目を合わせられ
ないどころか、声も出せない者が多い。
そんな中、震えながらも自分の意思を伝える真琴が、男にとって目の前の女より遥かに価値のある人間だった。
 「やめろ」
 一言男が言った途端、女が離れるより早く、傍に控えていた男が女の体を引きづり離した。
 「きゃあ!」
悲鳴を上げ、そのまま床に倒れ込む女に視線を向けることも無く、男はゆっくりとソファから立ち上がった。
開いたままのスラックスの間から、半ば立ち上がりかけたペニスが見える。
(お、大きい・・・・・)
 見てはいけないものだと慌てて視線を逸らすと、その間に男は身支度を整えて真琴の傍まで歩み寄った。
隣に立たれると、感じる威圧感はかなりのものだった。
思った以上に背も高く、170センチを少し過ぎたくらいの真琴ではかなり見上げなければならず、細身かと思っていたが、
上等の背広に包まれた体躯はきちんと筋肉に包まれたがっしりしたものだった。
(お、怒ってるのかな・・・・・)
 無謀にも男に対して意見した自分がどうなってしまうのか、真琴はようやく自分の身の危険に考えがいった。
その時、突然片手で顎を取られ、俯いた顔を上向きにされた。
殴られる・・・・・そう思ってギュッと目をつぶった瞬間、
 「名前は?」
 「・・・・・ふえ?」
 「お前の名前だ」
 思いがけない言葉に思わず目を開くと、驚くほど近くに男の顔があった。
 「わ・・・・・」
大きな目を更に丸くして、ポカンと自分を見つめてくる真琴に、男は眉を顰めて問いかける。
 「なんだ?」
 「カッコイイ・・・・・」
 思わずと零れたといった言葉に、男は僅かに驚いたような顔をした。
そして次の瞬間声を出して笑うと、男は先程までの鋭い気配を随分と緩めて、自分が何を言ったのかも理解していないよ
うな真琴に言葉を続けた。
 「面と向かって褒められるのは気恥ずかしいな」
 「え、あ、す、すみません」
 「別に嫌じゃないがな。で、お前の名前は?」
 「に、西原です」
 「下は?」
 「ま、真琴です」
 「西原真琴か」
 「・・・・・」
 「真琴、お前の言うとおりに女を解放して、俺に何のメリットがある?」
 「メリット・・・・・?」
 「まさか何の見返りも無しか?」
 「見返り・・・・・だって、俺は・・・・・」
 確かに、男が真琴の言うとおりにする必要は全く無かった。むしろ暴言だと、殴られて外に放り出されもおかしくない。
ここにいるのは全て男の味方であろうし、女は・・・・・。
 「・・・・・」
真琴は床に座り込んだままの女を見た。女は突き飛ばされた格好のまま、目だけは真琴に向けられている。どこか憎々し
げなその視線に真琴は戸惑ったが、その視線を男は強引に自分の方に向けた。
 「どうだ?」
 「どうって、えっと・・・・・」
(メリット、メリットって・・・・・)
 真琴の意識が自分に戻ったことを確認し、男はチラッと背後に控えている男達に視線を向ける。
その意味を熟知する男達は素早く女を拘束し、泣き喚く女を部屋から連れ出した。
 「あっ!」
 「心配ない。で、お前の答えは?」
 「・・・・・」
追い詰められ、真琴は落ち着きなく視線を彷徨わせる。その視線が自分を連れてきた男、倉橋の姿を捉えて止まった。
 「!」
正確には倉橋ではなく、倉橋が手に持っているものに、だ。倉橋の手には、部屋に入る前に取り上げられたピザの箱がその
ままあったのだ。
 「ピザ!」
 「ピザ?」
 「そ、そうです!」
 真琴はパッと倉橋の元に駈け寄って箱を取ると、そのままソファの近くのローテーブルの上で箱を開いた。少し冷めかけて
いるが、十分に美味しそうな匂いが部屋に漂った。
 「うちのピザ、他の店よりチーズが多くて、美味しいんです!今日ご注文して頂いたジャーマンポテトも北海道産だし、カ
ニもタラバガニで!」
話しているうちに、どんどん店の宣伝文句のようになってくる。しかし、焦っている真琴は頭の中が真っ白で、叩き込まれた
店のマニュアルだけが自動的に口をついて出てきた。
 「生地は薄めだから、冷えてもパリパリ感は残ってます!でも、熱いうちに召し上がったほうが断然美味しいし、こんなに量
があるなら外の人達も食べれるし!あ!」
真琴は腕時計を男の目線まで上げた。
 「30分以内での配達です!料金、消費税込みで12,000円になります!」
 一気にそこまで言うと、真琴はふうと溜め息をついた。