指先の魔法



23






 誰かが頬に優しく触れる。それが誰だか、真琴は既に分かっていた。
 「ん・・・・・」
 「起きたか」
 視線の先にいる海藤は、既にきちんとしたスーツ姿で、昨夜あれ程情熱的に真琴を翻弄したとは思えないほど普段と変
わらない姿で、かえって真琴の方が気恥ずかしくなってシーツに潜り込んだ。
 「・・・・・っ」
しかし、その僅かな身体の動きにも酷使した身体には響いて、真琴は思わず別の意味でシーツに沈んだ。
(か、下半身に力が入んない・・・・・)
それが昨夜の行為を思い出させていたたまれなくなるが、海藤は蹲る真琴の髪を撫でながら静かに言った。
 「俺はそろそろ出るが・・・・・」
 「・・・・・あ、出張・・・・・ですよね?」
さすがに起きて見送らなければと思ったが、海藤はそんな真琴の動きを制した。
 「お前はしばらく寝てていい」
 「でも、海藤さんお仕事なのに・・・・・」
 「真琴」
 不意に、海藤は真琴に覆いかぶさった。
 「か、海藤さん?」
 「・・・・・一度だけ、チャンスをやろう」
 「え?」
 「お前が逃げるチャンスだ。お前が本当に嫌なら、俺が戻ってくる前にこのマンションから出ろ」
 「え・・・・・」
一瞬、何を言われたのか分からず、真琴は思わず顔を上げる。
そこには初めて見る海藤の困惑した顔があった。
(急にどうして・・・・・)
 「お、俺、いらなくなった?だ・・・・・いてみて、やっぱり女の人の方が・・・・・」
 海藤ほどの男なら、どんな一流な女も簡単に手に入るだろう。わざわざ男の、それも平凡な男子大学生を抱くこともない
はずだ。
ただ珍しくて手を出して、やっぱり価値がないと思ったのだろうか・・・・・。
グルグル頭の中で考えている内に、真琴の目からはボロボロ涙が零れ始めた。こんな時に泣くのは女々しいと思うのに、あ
んなに大切に抱いてもらった翌日に聞かされたその言葉は相当ショックだったようだ。
 しかし、海藤は直ぐに真琴の言葉を否定した。
 「違う。ただ、思った以上に・・・・・お前が可愛くなった」
 「・・・・・」
 「お前を手に入れたら、どんなに嫌がっても離す気はなかった。抱いたら少しは落ち着くと思ったんだがな・・・・・」
 「海藤さん・・・・・?」
 「俺の傍にいれば、お前は嫌でも俺の別の顔を見るようになる。嫌な思いもするだろう。強引に連れて来られただけのお
前に、それが耐えられるか?」
 今は表立っていなくても、いずれ真琴の存在は裏の世界には知れ渡るだろう。敵の多い世界で、危険が及ぶこともある
かもしれない。海藤自身真琴を守ることは出来ると思っているが、嫌な思いは全くさせないとは言い切れない。
(少しも傷付かせたくないと思うなんてな・・・・・)
 「チャンスは一度だけだ。逃げれば追わない。だが、お前が俺を選べば・・・・・二度と離さない」
 「・・・・・」
 「お前が選べ」
 「お、俺・・・・・」
(俺が・・・・・選ぶ?)
 今まで全て海藤が強引に選んできた。レイプも、マンションに引っ越させたのも、全て海藤の意思だった。
それが、最後の最後で掴んでいた手を離し、真琴に選択しろという。
放り出されてしまったようで、真琴はただ呆然と濡れた瞳で海藤を見上げた。
 「サイドボードの上に置いてあるのは、お前が出て行くなら必要なものだ。朝一で用意させたんで少ないが、足りなければ倉橋にでも言え」
 「ま、待って、俺・・・・・」
 「行ってくる。後はお前の自由だ」
 そう言うと、海藤はそのまま寝室から出て行った。