指先の魔法










 目の前に立つビルを見上げ、真琴は思わず、
 「おしゃれなビル・・・・・」
そう、呟いた。
 十階建てのビルは高層ビルとは言えないが、素人の真琴の目から見ても洗練されたデザインで、どんな会社が入ってい
るのかと純粋に興味をそそられた。
 時間は午後九時半を少し回った頃だったが、建物の明かりは赤々と点いており、まだ活動中という様子だ。
(何の会社だろ・・・・・?)
 恐る恐るビルの入口に立つと、ホテルのような玄関ロビーに数人の男達が立っていた。
 「・・・・・っ」
 立っていたのは、先日のマンションのドアの外に立っていたような男達だ。
その中で一歩歩み寄ってきたのは、先日マンションの玄関先まで送ってくれた厳つい顔の男だった。
 「お待ちしておりました」
 「は、はい、ご注文ありがとうございます。メニューの確認を・・・・・」
 「倉橋が上で待っていますので、どうぞ」
 「う、あ、はい」
 断ることも出来ず、そのまま奥のエレベーターに乗せられたが、今回は荷物は出迎えてくれた男が持ってくれている。
間が持たなく、真琴は思い切って声を掛けた。
 「あの」
 「はい」
40前後の男は、厳つい顔に似合わず言動は物静かだ。真琴は少し安堵した。
 「ピザ、食べて貰えました?」
 その問いに、以前の会話を覚えていたのか、男の頬が僅かに笑んだ。
 「頂きました。旨かったですよ」
自分が好きな物を褒められると嬉しくて、真琴の頬にも自然な笑みが浮かんでくる。
真琴はここに来るまでの不安な気持ちを、束の間忘れていた。



 案内されたのは9階のフロアーで、広々した廊下の両端にいくつかの部屋が並んでいた。
外見と同じようにビルの中身もお洒落で、隣にいる男や下にいた男達の存在はどこかチグハグに見えてしまう。
思わずキョロキョロと辺りを見回していると、まるで見計らったように奥のドアが開いた。
 「わあ・・・・・」
 現れたのは、またしてもこの場に似合わないような人物だった。
 「ご苦労様、ここからは私が案内するわ」
 「・・・・・」
(お、男の人・・・・・だよね・・・・・?)
まるで女のような話し方をしているが、その声は少し高めの甘い男の声だ。
すらりと背が高く、少し痩せている様に見えるが、体付きは華奢ではなく立派な男のものだ。
少し長めの栗色の髪と耳元のピアスが印象的で、着ている背広も細身のスタイリッシュなもので、まるで雑誌のモデルのよ
うないでたちだった。
 その不思議な存在感を持つ男は、驚きで目を丸くしている真琴をしばらく観察するように見つめていたが、直ぐににっこり
と笑ってみせる。
綺麗な同性を間近で見るのは初めてで、真琴は思わずドキドキして顔を赤らめてしまった。
 「綾辻(あやつじ)幹部」
 そんな様子に眉をひそめ、連れて来てくれた男が空気を遮る様に声を掛けると、綾辻と呼ばれた男は苦笑を浮かべて
両手を上げた。
そんな仕草さえ絵になる男だ。
 「相変わらず堅苦しいわね、清水は。ほら、真琴ちゃんよね?私、綾辻ゆう。これからちょくちょく会うとは思うけど、よろし
くね」
 「は、はあ」
 綾辻の勢いにつられて思わず頷いてしまった真琴だったが、綾辻はその言葉に満足したように頷いた。
 「あなたを首を長くして待ってる人がいるわ」
それが誰なのかは言わないまま、綾辻はそっと真琴の背を押した。