指先の魔法










 重厚な木製のドアの向こうには、忘れたくても頭の中のどこかで記憶に残っていたあの夜の男達がいた。
色味の少ない落ち着いた部屋の中、あの夜と同じようにソファに座っている男は、入口で立ちすくんでいる真琴を見て僅か
に頬を緩めた。
 「よく来たな」
 「ご、ご注文、ありがとうございます。商品は・・・・・あ、さっきの人に渡したまま!」
エレベーターの前で別れてしまった男の手に渡したままだったことに気付き、真琴は慌てて取りに戻ろうと振り返ったが、傍に
いた綾辻がやんわりと止めた。
 「あれは後で皆で頂くから心配しないで」
 「でも、一応確認しないと」
 「大丈夫、信用してるから」
そこまで言われては言い返すのも子供のような気がして、真琴は大人しく口をつぐんだ。
 「電話で聞いた代金を用意しています。確かめて頂きますか?」
 ソファの傍に立っていた倉橋が、封筒をガラスのテーブルの上に置きながら言う。
 「は、はい」
 そのまま入口にいることが出来ず、真琴は仕方なくテ-ブルの前に歩み寄った。
封筒に入れられた代金を数えながら、真琴はずっと横顔に注がれる視線に戸惑う。
(ど、どうしてずっと見てるんだろ・・・・・)
怖いというイメージしか残っていなかったが、こうして改めて見るとやはり見惚れるほどいい男だ。
今日もきちんとした背広姿だったが、しっかりと体格が出来ているせいかピッタリとはまっていて、まさに大人の男といった雰
囲気だ。
(お父さんやお兄ちゃん達とは全然違うんだもん)
 とにかく、今目の前にいる男達は、今まで真琴の周りにいた者達とは全然違う存在だ。
一番傍にいた家族は、オヤジギャグを連発する楽しい祖父と、ぽややんとした父、反対に二人の兄達はごつく生真面目
な体育会系で、弟はまだまだ幼い小学生だ。友人達やバイト先の先輩達も今時の若者だ。
 大人な雰囲気に慣れず、真琴は早々に立ち去ることを決めた。
 「確かに。ありがとうございました、またよろしくお願いします」
 「西原さん」
 「!」
 「終業時間は11時ですね。それまでにはお返ししますから、もうしばらくお付き合い下さい」
 「でもっ」
 「よろしいですね」
 穏やかながら有無を言わせない倉橋の言葉に、真琴の中で警戒音がだんだん響いてくるのが分かった。
来るのではなかったという後悔が津波のように襲ってきたが、今の真琴に成すすべはない。
促されるまま、真琴はなぜかソファに座っている男の隣に腰を下ろさせられた。
 「・・・・・」
空気が重く肩に圧し掛かる。
 「サイズが合ってないな。どうした?」
 初めて、男が口を開いた。
しかし真琴は何を言われているのか分からなくて、戸惑った視線を倉橋に向ける。
 「服です。あなたのではないですね」
 「は、はい。もともと配達要員じゃないから、先輩のを・・・・・借りて・・・・・」
 だんだんと声が小さくなる。男の空気が冷たくなったような気がしたからだ。
その男の空気を倉橋も感じて直ぐに言った。
 「脱がせますか?」
 「ぬが・・・・・っ?」
 「そうだな、他の男のものを着ているのは面白くない」
聞くが早いか、突然倉橋は真琴の着ている繋ぎのファスナーを下ろした。
 「!」
 「大人しくなさい。綾辻」
倉橋はドアの前に立っていた綾辻を呼ぶ。
綾辻は苦笑を浮かべながら歩み寄ると、倉橋の腕を掴もうとする真琴の両手を拘束した。
見かけからは想像出来ない様な力の強さに、真琴の頭の中は真っ白になる。
 「本当は会うだけにするつもりだったんだが・・・・・他の男に先を越されると面白くないからな」
 ソファに座っていた男が立ち上がった。
下から見上げると、男は随分と長身に見える。
意識しないまま、真琴の目からは涙が零れ始めた。このまま自分が何をされるのか、想像できない恐怖が広がっていく。
 「た・・・・・すけ・・・・・」
 「悪いが、今日は痛い思いをしてもらう。まず、身体で俺を覚えてもらう為にもな」







                                                           







FC2 Analyzer