覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 『へえ〜、有希ってこう書くんだ。綺麗な名前じゃん』
 『蒼さんだって、すごく似合ってますよ』
 国境の門から離宮に移った一行。
有希は少しでもたくさん蒼と話したくて、早々に中庭に連れ出した。
まだ暑い日中だが、日除けの為の幕が張られ、瑞々しい果物や軽食が並べられる。
 『うわ!すごいご馳走!これ、全部食べていいのっ?』
 『料理の方は口に合えばいいんだけど・・・・・でも、果物は王専果園の物で、瑞々しくてとっても美味しいんですよ』
 『いただきま〜す!!』
 早速蒼が手を伸ばしたのは、有希も大好きでよく食べるネルというオレンジ色の木の実だ。ビワを少し小ぶりにした感じで、種
が無いので食べやすい。
蒼は一口でそれを口に入れると、満面の笑顔を有希に向けた。
 『これ、すっごく美味い!バリハンにはないよ!』
 『良かったあ。いっぱい食べて下さいね』
 『俺は遠慮なく食べるけどさ、有希もほら、食べろよ。あんまり食べない方だろ?そんな細っこい身体で、暑いこの世界じゃ生
きていけないぞ』
 『はい』
 こんなに日本語を話すのは久し振りで、有希も嬉しくてニコニコしてしまう。
シエンが蒼をこの国に連れて来てくれて、本当に心から感謝したい気分だった。
 『旅は大変だったんでしょう?僕は都の街からここに来るぐらいの道のりも初めてだったくらいで・・・・・』
 『あ〜、砂漠ってバカにならないよ。後2、3日長かったら俺干からびてたな』
 既に5個目の実を口いっぱいに頬張りながら、蒼はキョロキョロと周りに視線を向けた。
 『でも、ここって、まあ、別荘みたいなもんだろう?それなのにこんなに豪華な造りなんて、やっぱりシエンが言ってた事はホント
なんだなあ』
 『王子が言ってたこと?』
 『このエクテシアがバリハンよりも大国だって。俺達の世界で言えば・・・・・アメリカ?みたいな感じかな。あ、有希、この肉も食べ
ちゃっていい?』



 目の前で、全く意味不明な言葉が交わされている。
しかし、有希が本当に嬉しそうに笑っているので、あの生意気な子供が有希と同じ世界の人間というのは間違いないようだ。
有希が笑っている顔を見るのは嬉しいが、その一方でその顔をさせているのが自分ではないということは面白くない。
 中庭を望める部屋で酒を飲みながら、アルティウスは自分の向かいに座るシエンに言った。
 「あの子供が《強星》というのはまことか」
 「ソウ、ですよ」
 「・・・・・」
 「ソウの出現は本当に不思議で神秘的でした。あなたも、ソウが異国の人間であることはお分かりでしょう?」
 「・・・・・」
 「実際に、ユキ殿のような不思議な力を見せられたことはありませんが、私にとってソウは何よりも大切な存在です。あの存在
が無ければ・・・・・今頃はユキ殿を奪う為に、あなたに戦を仕掛けていたかもしれませんね」
 「シエン王子っ」
それは冗談交じりの言葉ではあったが、シエンの有希に対する態度を見知っているアルティウスには笑えない言葉だった。
 「そなた、まだユキのことを・・・・・!」
 「いいえ、今の私にとって、ユキ殿は崇める存在の《強星》としか。私にとって大切なのはソウです」
 「・・・・・」
 「あの・・・・・大らかで、強い輝きの魂を持つ存在が愛おしいのです。アルティウス王、もしかすればソウは《強星》ではないのか
もしれませんが、そうとしても私は全く構わないのですよ」



 『え?じゃあ、蒼さんがこの世界に来たのはバスの事故で?』
 『じゃ、ないかなって感じ。それよりも有希の方が凄いよ、あいつが俺達の世界に来たなんて。あ、もしかしたらその占い師に頼
めば、俺達元の世界に帰れるんじゃない?』
 こんがり焼けた骨付き肉を2本ペロリとたいらげた蒼は、口直しにと再びネルの実を頬張りながら言った。
 『ディーガは出来ないって言ってたけど・・・・・蒼さんは戻りたいんですか?』
 『俺?俺は戻りたいっていうより、ちゃんと報告しときたいって思う』
 突然いなくなった自分が、元の世界でどんな扱いになっているかは全く分からないが、蒼は両親や友人達に会ってきちんと伝
えたかった。
自分はこの世界で元気でいると。
 『俺はシエンが好きだから、この世界でずっと生きていくって決めた。だからそれをみんなに伝えればいいんだけど』
 『僕も・・・・・』
 じっと、蒼の言葉を聞いていた有希が、少し顔を赤くしながら言った。
 『僕も、アルティウスが好きだから、もう元の世界には帰らないと決めたけど・・・・・やっぱり両親にはもう一度会いたいです』
 『・・・・・有希』
 『蒼さん?』
 『可愛いな!』
 『え?あ、蒼さん?』
ぐいっと有希の腕を引っ張って、蒼はその肩に顔を埋めた。
(い〜匂い)
 肌も綺麗で、髪も艶やか、着ている服も手触りがいい。
それだけでも有希が本当に大切にされているのだと分かる。
(2こも下だもんなあ。俺がちゃんと目を光らせてやんないと)
 初対面の印象は最悪だったあの大男は、有希に対しては優しいのだろう。そうでなければこのままバリハンに連れて帰って一
緒に楽しく暮らせたのにと少し残念な気がした。
 「何を引っ付いておる!!」
 この体勢が気に入らないのか、突然窓から身を乗り出して叫ぶアルティウスに、蒼はぶーと頬を膨らませて有希に言った。
 『有希、あいつなんて言ってんの?』
 『え、えっと・・・・・あまりこの体勢は良くないんじゃないかって』
 『ふんだ!もっとくっ付いてやろ』



 嫌がらせのようにますます有希に引っ付く蒼を遠めに見ながら、シエンは微笑ましく思いながらも内心眉を顰めた。
(少し・・・・・接近し過ぎだが・・・・・)
当初はシエンと有希の関係に妬きもちを妬いていたくらいの蒼だったが、実際に有希に会ってしまうとたちまち心を許してしまった
ようだ。
愛する蒼と敬愛する有希が仲が良くなるのは望ましいし、見た目も綺麗で微笑ましくは感じる。
しかし、ずっと有希にばかり構う蒼を見ているのは・・・・・。
 「アルティウス王」
 「なんだっ!」
 直情的なアルティウスは、既に窓から身を乗り出して2人を見ている。
きっとその心の中は嫉妬が渦巻いているのだろうが、自分の心中もあまり違いがない気がした。
 「そろそろ2人を中に呼びませんか?もう少しすればますます日差しが強くなる頃ですし」
 「おお、そうであったな」
 シエンの後押しの言葉に直ぐに頷いたアルティウスは、そのまま出口に回らず窓を乗り越えて外に出た。
 「ユキ!中に入るぞ!」
 「え?」
 『あ〜!お前横暴!あんまり手荒にするなよ!』
キャンキャンと言い返す蒼の言葉に笑みを浮かべながら、シエンも蒼を呼びに外へと向かった。







                                        
                              








有希ちゃんと蒼君の井戸端会議3