覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 美味しくてボリューム満点の夕食をお腹いっぱいたいらげた蒼は、やっと暮れかかった空に視線を向けた。
(もう夜になるのかあ)
有希と話しているのは楽しかった。
日本語が思う存分話せて意思の疎通が出来るということが一番大きいが、有希本人の柔らかで優しい空気がとても心地よ
くて、もっともっと一緒にいたいと思ってしまった。
 今は少しゆっくりするようにと、用意された部屋にシエンといる。
綺麗に整えられた居心地のいい部屋だったが、蒼は直ぐにソワソワとし始めた。
 その結果・・・・・。
 「シエン!おれ、ユキとねる!」
 「え?」
途惑ったように視線を返すシエンに、蒼は両手を前に組んでお願いのポーズをした。
 「ユキといっしょ!おふろも、ねるのも、いっしょいい!」
(それで、もっといっぱい有希の事知りたい!)
 この世界でたった2人きりの日本人だ。
とにかく、ここにいる限りは有希と一緒にいようと思った。
 「ソウ・・・・・」
蒼にしてみれば、それは修学旅行とか、友達の家へのお泊り会とか、ごく普通にやっていた事なのだが、そんな習慣のないシエ
ンにとっては直ぐに頷くことは出来なかった。
 「いーい?」
 「・・・・・ソウ、分かって言ってるのですか?」
 「なに?」
 「ユキ殿は男ですよ?」
 「?あたりまえ。シエン、なにいってる?」
 シエンがなにを言おうとしているのかさっぱり分からない蒼は、首を傾げながら聞き返す。
 「・・・・・ソウ、あなたは、私の妻だということは分かっていますね?」
 「う、うん・・・・・な、なにいうよ」
 改めて言うのは恥ずかしく、蒼の顔はたちまち真っ赤になってしまう。
そんな初々しい蒼の反応を目を細めて見つめるシエンは、子供に言い聞かせるように優しく言った。
 「あなたの夫としては、自分の妻が他の男と共寝をすることを簡単には承諾出来ません」
 「ほかおとこ・・・・・ても、ゆきよ?ゆき、あのおーおとこのきさきよ?」
 「それは分かっています。でも・・・・・多分、アルティウス王もお許しにはならないと思いますよ?」
 「アル・・・・・あのおーおとこ?」



 「ならぬ!」
 「ど、どうして?アルティウスがどうして怒ってるのか分からないよ?」
 その頃、有希も蒼と同じように、蒼との入浴と就寝をアルティウスに伝えていた。既に召使いには湯殿の準備をしてもらったし、
着替えも2人分用意している。
しかし、一緒に入浴と言った瞬間に、アルティウスの怒りは爆発してしまったのだ。
アルティウスの怒りがどこにあるのか分からない有希は、珍しく直ぐに引き下がることはせずに言い募った。
 「時間が限られてるんだから、出来るだけ一緒にいたいんだよ」
 「・・・・・」
 「ね?お願い!」
 学校のこと、友人のこと、家族のこと。
好きな食べ物や、テレビや、漫画のこと。
その上、蒼は有希が知らない武道のことに関しても詳しく、話は全く尽きることがなかった。
 同じ国に住んでいるのではなく、簡単に行き来出来るという距離ではない。だからこそ、有希は貴重なこの時間を蒼と一緒
に過ごしたいと思ったのだ。
 有希としてはシエンの妃でもある蒼に、アルティウスが余計な気を回すこともないだろうと思っていたのだが、有希が思っている
以上にアルティウスの心は狭いらしい。
どう見ても問題など起こすはずもないだろう2人でも、有希が自分以外の人間と過ごすのは許せないのだ。
それは相手が男でも女でも変わらない。
 「明日また話せばいいだろう」
 「それじゃ足りないよ!」
 「ユキ」
 「ソウさん達はあまり長くいることは出来ないんでしょう?次に会えるのはどれ程先か分からないし、今一緒にいることが出来る
時間を大切にしたいんだ」
 「・・・・・」
 「お願いっ、アルティウス!」
 「ならぬっ」
 「・・・・・っ」
 有希はアルティウスの顔をじっと見つめた後踵を返す。
その後ろ姿を、アルティウスはとっさに止めることが出来なかった。



 こちらも、膠着状態の蒼とシエン。
 「分かって下さい、ソウ」
 「・・・・・わかんない」
 「ソウ」
 「シエン、いうこと、むつかしー。おれ、ゆきとはなしたいたけなのに・・・・・」
 「・・・・・」
シエンは内心溜め息をついてしまった。
全くお互いの気持ちが歩み寄らないことにイライラしてしまうが、反対にこんなふうに言い合うことも出来るようになったのだという
感慨もある。
我儘を言い合えるということは、それだけお互いに心を許し合っているということでもあるからだ。
(でも・・・・・やはりこの願いは聞き届けてはやれぬな)
 蒼と有希が間違いを起こすとは全く考えてはいないのだが、感情的に頷くことが出来ない。
 シエンはもう一度初めから蒼に説明しようとした。
その時、
 『蒼さん!』
いきなり部屋の中に飛び込んできたのは有希だった。
 『有希っ?』
初めは驚きで目を丸くした蒼だったが、有希が泣いているのが分かった瞬間、目をつり上げるようにして叫んだ。
 『誰に泣かされたっ?』
 『ア、アル、アルティウスが・・・・・っ』
 『アル・・・・・あいつか!』
途端に部屋を飛び出していった蒼を、シエンも慌てて追いかけて行く。
 『ソ、ソウさんっ』
(どうしよ・・・・・っ)







                                        
                              








有希ちゃんと蒼君の井戸端会議4