覇王と賢者の休息
5
※ここでの『』の言葉は日本語です
(また、ソウのもとであろうっ)
アルティウスは忌々しそうにそう思いながら、シエンと蒼の滞在する部屋に足を向けていた。
少し冷静になれば、有希の言葉は少しは理解出来る。久しぶりに会った自国の者と、少しでも同じ時を過ごしたいと言うの
は分かる・・・・・分かるが、納得は出来ない。
(あれでもソウは男だぞっ)
自分の妃が自分以外の男と風呂に入り、眠る。それが絶対に間違いを起こすはずがない相手だとしても、アルティウスの感
情が許さないのだ。
「・・・・・ん?」
早足に廊下を歩いていると、向こうから誰かが駆けてくるのが分かった。
その勢いと殺気に、アルティウスは思わず腰の剣に手をやったが、相手が誰かと分かると、その手は自然に剣から離れた。
「アル!」
「そなたの部屋にユキはいるな?」
『なぜ有希を泣かしたっ?』
「ソウ?」
『この世界で有希が頼るのはお前だけなのに!そのお前が泣かして、誰が有希を慰めるんだ!』
「・・・・・何を言っておるのか分からぬ」
激しい怒りは肌で感じるものの、言葉は全く分からなかった。
蒼は悔しかった。
有希の気持ちを一番に理解しているはずの伴侶が、あんな風に有希を泣かすことが許せなかった。
いや、それだけではない。
単に痴話喧嘩ほどのものならばここまで蒼が怒ることはなかった。
どうしても許せなかったのは、一番に頭にきたのは、たった数時間しか会わなくても感じるアルティウスの傲慢さにだった。
『お前、俺の言葉分かんないんだろっ?いや、分かろうともしていないよな?』
「・・・・・」
『俺達だって、いきなりこの世界に来た時は全然言葉は分からなくて、怖くて、どうしようかって・・・・・でも!俺も有希も、一
生懸命言葉を勉強した!まだまだ変な発音はするけど、それでも俺はシエンの言っていることが分かるし、シエンだって俺の言
葉を分かってくれてる!お前はどうなんだっ?有希はあんなにこっちの言葉が話せるように努力したのに、おまえ自身は有希の
国の言葉が分かるかっ?俺達の、俺の今の言葉が分かるかよ!』
いずれ、蒼はバリハンに帰る。それは遠い未来ではなく、数日後という目前に迫っている。
どんなに有希の身を案じても、直ぐには駆けつけてこれない距離に離れてしまうのだ。
だからこそ蒼は少しでも長く有希といたいと思ったし、年上としても彼が不安に思うことは取り除いておいてやりたかった。
蒼は有希のことを安心したかったし、有希にも蒼の事を安心して欲しかった。
その有希を託せる唯一の存在である目の前の男がこうでは、この先の有希を思うと心配でたまらない。
「ソウ!」
『蒼さん!』
その時、ようやくシエンと有希が姿を現わせた。
有希の姿を見ると、アルティウスは手を差し出しながら言う。
「こちらに来い、ユキ」
「・・・・・」
「ユキ!」
アルティウスがもう一度強くその名を呼んだ時、蒼はその顔に視線を向けたまま口を開いた。
「シエン、けん」
「ソウ」
「かして」
「アルティウス王は剣の名手でもあられるのですよ」
「いい。かして」
止めても絶対に引かないだろう蒼を思って溜め息をついたシエンは、腰にさしていた長剣を蒼に手渡しながらアルティウスに視
線を向けた。
「アルティウス王、ソウがあなたと手合わせ願いたいそうです」
「私と?」
アルティウスにとっては子供と同然の小柄な蒼と、真剣を使った手合わせなど出来るはずがなかった。
下手をすれば大怪我を負わせてしまう。
幾ら生意気だと思っていても蒼はシエンの正妃であり、有希と同じ国の民だ。
分かりきったことはしたくなかった。
「王子、ソウに剣をしまえと言ってくれ。私の剣技は遊びではない」
自分が最初に思ったのと同じ様なことを言うアルティウスに、シエンは苦笑しながら首を振って見せた。
「そう言って、怪我をするのはあなたかもしれませんよ」
(何を言っておるのだ、シエン王子は)
アルティウスは苦い顔をしながらそう思ったが、ふと横顔に鋭い視線を感じて振り向いた。
「・・・・・っ」
(・・・・・ソウ、か?)
身体に不釣合いなほど大きな剣を危なげなく構えた蒼がそこにいた。
両手で柄の部分を持って構えるという不思議な格好だが、見てもどこにも隙は感じられなかった。
そこにいるのは先程までの癇癪を起こしたような子供ではなく、凄まじいまでの闘気を漲らせている男だ。
「・・・・・」
アルティウスは剣を抜いた。
それが、蒼に対する答えだった。
「アルティウス王」
「傷は負わせぬ」
「そのような余裕が何時まで持つか・・・・・ソウは手加減などしませんから」
シエンがそう言った瞬間、蒼が一歩踏み出した。
(強い!こいつ!)
アルティウスが単なる俺様ではないことは直ぐに分かった。
剣道とは全く違う剣技だが、アルティウスは大柄な身体に似合わず俊敏な動きをし、隙もほとんど見せない。
柔は剛を制すという言葉を信条にし、どんな試合にも自ら攻撃していった蒼でも、アルティウスの剣先には多少気後れをして
しまうほどだ。
やはり真剣では敵わないのかもしれない。
それでも蒼は、アルティウスの口から参ったを言わせる為に打ち込んでいった。
アルティウスも、予想外の蒼の剣の腕に内心感心していた。
どうしても体格差があるので力が弱くなるのは仕方ないにしても、僅かな隙を突いて切り込んでくるのは見事で、少しでも気
を抜けば傷を付けられるだろう。
つい本気を出してしまいそうになったアルティウスは、このままではまずいと思った。
自分が本気を出して蒼を傷付けてしまう前に一気に勝負を着けようと、そのまま力で蒼を圧倒していく。
『くっ!』
「ソウ!」
一瞬、蒼の呼吸が乱れたのをアルティウスは見逃さなかった。
強引に蒼の剣の下に自分の剣を持っていくと、そのまま力任せに撥ね上げる。
「!!」
蒼の手から離れた剣は2人から離れた場所に落ち、アルティウスはそのまま剣の切っ先を蒼の眉間に向けた。
「勝負あったな、ソウ」
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有希ちゃんと蒼君の井戸端会議5