覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 剣を飛ばされた衝撃で腕が痺れ、蒼は顔を歪めながらもう一方の手で腕を押さえた。
(くそ・・・・・っ)
バリハンでの剣の練習でも、シエンやバウエル将軍には敵わないものの、他の兵士達とは互角の戦いをしてきたつもりだった。
それでも、アルティウスの剣捌きは別格だ。
一振り一振りが重く、それでいて素早い。
自分から仕掛けた勝負に頭を垂れるのは悔しかったが、誰の目から見ても明白な勝負の結果は変える事は出来なかった。
 「・・・・・まいった」
 多分、アルティウスは無謀な自分に対して辛辣な言葉を投げつけるだろうが、それは甘んじて受けようと思っていた・・・・・し
かし。
 「強いな」
 「・・・・・?」
 「その小さな身体でよくぞその剣を使える。口だけではないことがよく分かった」
 何を言っているかは直ぐには分からなかった。
しかし、その口調は真摯で、とても蒼をバカにしているようには思えない。
 「アルティウス!」
呆けたように目の前の男を見上げていると、有希が慌てて駆けつけてアルティウスを抱きしめた。
蒼に背を向け、自分よりも大きな男を宥めるように抱きしめる有希。その姿を見れば、有希にとって何が、誰が一番大切なの
かは誰の眼にも分かるだろう。
 『ちぇっ』
 舌打ちを打つ蒼の顔は、それでも笑っている。
不意に、へたり込んでいた蒼の身体は、温かい腕に包まれた。
 「・・・・・まけた」
 「ええ」
 「かっこわるい・・・・・」
 「いいえ、ソウはとても勇敢で・・・・・、見ていてとても気持ちが熱くなりました」



 赤の狂王と呼ばれるアルティウスが本気を出せば、体格的にも剣術でも明らかに劣る蒼はもっと早く追い詰められて負けて
いたはずだった。
それが・・・・・アルティウスに本気を出させるほどに、蒼の闘気が凄まじかったのはシエンの想定外で、2人が剣を交えているの
を見ている間、シエンは高鳴る胸を押さえるのに必死だった。
今にも2人の間に割って入ろうとしていた有希の肩を後ろから押さえていたのも、自分が動き出してしまいそうになるのを押さえ
る為だ。
 「今日ほどあなたを・・・・・誇りに思えたことはありません」
 「シエン?」
 「あなたは私の妃でありながら、立派な1人の男です。あなたに庇われたユキ殿が羨ましかった」
 「な、なにゆってる!」
 蒼はたちまち顔を赤くする。
その顔はまだまだあどけなく、とても今まで恐ろしいほどの気迫で剣を操っていた人間とはとても同一人物とは思えなかった。



 「アルティウス、ごめんなさい。僕が我儘ばっかり言ったから、怒ったんだよね?」
 「ユキ・・・・・」
 有希はアルティウスの大きな身体にしがみ付くような格好で言葉を続けた。
 「でも、蒼さんは僕の為を思ってアルティウスに向かってくれたんだ。アルティウスが怒っているなら、それは全部僕のせいだから、
罰は全部僕が受けるよ」
 「・・・・・怒ってはおらぬ」
 「・・・・・本当?」
 「・・・・・ただ、ユキがソウとばかりいるのが気にくわなかっただけだ。ソウに対して思うことは無い」
 「・・・・・良かった」
 アルティウスの言葉を簡単に言えば、単に蒼に対して妬きもちを妬いたということなのだろう。
しかし、有希は笑うことは出来なかった。
同じ世界の蒼と会えたことが嬉しくて、この世界で一番大切にしなければならない人を蔑ろにしてしまった結果がこうなのだ。
アルティウスと生きていくということを決めた今、もっと自分の行動に責任を持たなければならない・・・・・有希は改めてそう決意
すると、蒼を振り返って頭を下げた。
 『蒼さん、ごめんなさい。僕のせいで迷惑を掛けて・・・・・怪我は無かったですか?』
 『うん、俺は大丈夫。それに、有希は何も悪くないぞ?俺が勝手にそいつに向かってっただけだから』
 『でも、蒼さんの方を見もしないで、僕・・・・・』
 『有希は正しい。誰だって自分の大事な人の方が大切だ。俺だって、有希とシエンが戦ったら・・・・・あれ?やっぱり有希を
助けるかなあ』
 「冷たいですね、ソウ」
 「ごめん、ごめん」
笑いながらシエンの手を取って立ち上がった蒼は、そのまま謝るようにシエンにコテンと寄り掛かる。
そんな蒼を苦笑を零しながらも抱きしめるシエンは、誰が見ても似合いの一対だった。
 「・・・・・」
 有希は自分の隣にいるアルティウスを見上げた。
(僕は・・・・・ちゃんとアルティウスを支えられてるかな・・・・・)
些細なことでも動揺してしまう自分は、まだまだアルティウスの隣に立つには心もとない存在かもしれない。
それでも、有希は頑張ろうと心に決めた。そう思えば、自分もきっと成長出来ると思った。
 『有希、風呂貸してくれる?俺、汗びっしょり』
 『は、はい、直ぐ用意してもらいます』
 『それと、そっちの・・・・・アルテースも、一緒に入ろうかって伝えて』
 『え?』
 「ソウッ?」
有希の驚いたような声と、シエンの焦った声が同時に上がる。
それにいっさい頓着することなく、蒼は笑いながら言った。
 『俺と2人きりなのが駄目って言うんだろ?それだったらそいつも一緒なら何の問題も無いじゃん、どう?』
 あっさりとした蒼の意見を、有希は途惑いながらもアルティウスに伝えてみる。
すると、その答えは意外にも簡単に出た。
 「よかろう。ユキ、湯殿の用意を早くさせろ」
 「いいの?」
 「夫婦が同じ湯につかるのに何の問題がある。そこにソウが入るというだけであろう?」
 「う、うん、そうだけど・・・・・」
有希と蒼が2人きりにならなければ、一緒に風呂に入るのはアルティウスにとっては何の問題もないらしい。
そんなものかなと首を傾げる有希とは別に、必死で蒼を止める者がいた。
 「ソウ、別の湯殿を用意してもらいましょう。あなたの背中は私が流してあげますよ」
 「ありかと。ても、おとことーし、はたかのつきあい。なー、あるてーす」
 「・・・・・そうだな」
 言葉が通じたのかどうか、アルティウスは蒼の拙いバリハン語に対して頷いて見せた。
その返事にシエンの眉が潜まったが、それに気付いたのは有希くらいしかいないだろう。
 「・・・・・仕方ありませんね。私も一緒に」
 「え?4人でですか?」
 「おもしろそー!」
1人暢気に歓声を上げた蒼は、落ちていた剣を拾ってシエンに手渡すとトコトコ部屋に戻っていく。多分、着替えを用意する
為なのだろう。
 「それでは、後で」
止めようのない蒼の勢いに、シエンも溜め息をつきながら後を追う。
 「・・・・・アルティウス、ホントにいいの?」
 「そなたの身体を見せぬように、私がずっと抱いていればいいからな」
 「!」
本気か、冗談か、アルティウスは上機嫌に笑いながら部屋に戻っていく。
有希は一瞬呆気に取られてしまったが、直ぐに頬を赤く染めてしまうと、急いでその後について行った。







                                        
                              








有希ちゃんと蒼君の井戸端会議6