覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 「うわ〜!ひろい!!」
 案内された湯殿を見た瞬間、蒼は歓喜の声を上げた。
もちろんバリハンの王宮の湯殿も広いが、国境近くの離宮という条件ではもっと狭いものを想像していたのだ。
もうもうと沸き立つ湯気をかき分けて中をよく見ると、学校のプールほどあるように見える。
 『泳げるじゃん!有希!』
 『僕も、着いた日に案内されてびっくりしたんですよ。でも、なんだかこの位必要だって』
 国境という立地上、この離宮には諸外国の王族や使者も滞在することが多い。
その彼らにこの大きな湯殿を見せれば、エクテシアがどれ程豊かで余裕がある国なのか、言葉ではなく目で見せ付ける事が
出来るそうだ。
 『俺、1ば〜ん!』
 有希の説明を最後まで聞かないまま、蒼は無頓着にパッパと服を脱ぎ捨てていく。
慌てたのはシエンの方だった。
 「ソウッ、ここにはアルティウス王もいらしゃるんですよっ」
 「おとことーし」
 「しかし」
 「シエンもあとおいて!」
言葉のようにまっしぐらに湯殿に入っていく蒼を見て、シエンも溜め息をつきながら服を脱いでいく。
 「大変そうだな」
 蒼と剣を交えてその技量を認めたアルティウスは、幾らか余裕が出来たのか頬に笑みを浮かべて言った。
その目が面白そうに綻んでいるのを見ても、今のシエンには言い返すことも出来なかった。



 蒼に言わせれば学校のプールほどの大きさの湯船(実際はプールの3分の2くらいだが)には、普段はいるはずの世話係の
姿はなかった。
アルティウスは普段からあまり有希の素肌を他人には見せたがらなかったし、多分シエンも同じ思いだろうと考慮して下がらせ
たのだ。
 広い広い湯殿の中には、たった4人しかいなかった。
 『何だか温泉を貸し切ってる気分だよな〜』
 それだけ広い湯船だったが、有希と蒼は仲良く肩を並べて湯に浸かっている。
 『ですね〜』
 『有希って色、白いなあ〜。こんな暑い国にいても日焼けしないのか?』
 『僕は赤くなって、直ぐに引いちゃうんですよ』
 『でも、綺麗な肌だよ』
ペタペタ有希の肌に触れながら言った蒼は、直ぐにニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、バシャバシャとお湯をかき分けながら少
し離れて湯に浸かっているアルティウスの元にいった。
 「さわりここち、いーたろ?うらやましー」
 「当たり前だ、ユキ以上の身体の持ち主などおらぬ」
 蒼の言葉もだいぶ耳に慣れたのか、拙いバリハン語に当然といったふうに返すアルティウス。
バリハンの言葉は分からなくても、アルティウスの返事でどんな会話かは想像が出来、有希は慌てて2人の間に割って入った。
 『変なこと言わないでくださいよ!』
 『なんだよ〜、褒めてるんじゃん』
言い合いもじゃれあいのようになってしまい、2人は顔を見合わせて声を上げて笑った。



(ユキのこんな笑い声は初めて聞いたな。・・・・・こやつも多少役に立つではないか)
 そんな2人を、アルティウスはじっと見つめた。
蒼が言った通り、有希の肌は初めて会った時と変わらずに白く美しく、エクテシアのどんな女でも敵わないほどの艶やかさを持っ
ていた。
 一方、蒼の方は、よく陽にはやけているが、やはりこの世界の人間と比べれば白い方だ。
華奢な有希と変わらない体格に見えたが、裸体になれば程よい筋肉が付いているのが良く分かる。
頼りなげな、柔らかな印象の有希の身体とは違い、しなやかで弾力がありそうな健康的な蒼の身体。
ただの少年というには魅力のある身体というのは認めなくてはならないかもしれない。
(シエン王子もただの物好きではなかったようだな・・・・・ん?)
 不意に、鋭い視線を感じ、アルティウスは怪訝そうに振り向いた。
そこには憮然とした表情のシエンがいる。
 「なんだ」
 「あまりソウを見ないで下さい」
 「私はユキを見ているだけだ。たまたま隣にいるソウが目に入ってしまうのは仕方がないだろう」
(王子らしくない・・・・・まさか嫉妬か?)
アルティウスの有希に対する想いがどれ程のものか、シエンは嫌というほど知っているはずなのに、それでもなおアルティウスの視
線を気にしてしまうほどに、シエンの蒼に対する思いは真剣なのだろう。
(もう、ユキのことは忘れたのだな)
 アルティウスの中にも残っていた、シエンに対する僅かな嫉妬心は完全に消えてしまった。
 「ソウはまだ子供だな」
 「・・・・・」
 「そなたも苦労する」
 今回ばかりはアルティウスの方が気持ち的に上のようで、秀麗な眉を顰めるシエンに鷹揚に笑ってみせる。
・・・・・が、
 「ゆきのちち、ぴんくー!」
 「!」
突然湯殿に響いた蒼の声に、アルティウスは反射的に立ち上がってしまった。



 『さ、触らないでくださいよ〜』
 『だって、有希の身体触るとフニフニで気持ちいーんだもん』
 じゃれあって笑い合っていた有希だったが、
 「何をしておる」
地を這うように低く響いた声にビクッと身体を震わせ、有希は蒼の身体にしがみ付くようにして怖々振り向いた。
 「ア、アルティウス?」
そこには仁王立ちになったアルティウスが腕を組んで2人見下ろしていた。
その顔を見て怒っていると直ぐに気付いた有希だったが、まだ遊びの延長のような気分の蒼は、じっとアルティウスの身体を見
つめ、やがて感心したように言った。
 「ある、けっこーおおきい」
 「何?」
 『蒼さん?』
 「シエンも、おっきー。ても、あるもおっきー。からたおっきーと、それもおっきーのかな?」
最初、有希は蒼が何を言っているのか分からなかった。
 『何のことですか?』
 『え?ちんこ』
 『!!』
 その瞬間、有希の顔はボッと火が付いたように真っ赤になった。
 「ソウ、何が大きいのです?」
何時の間にか近くまで歩み寄ってきたシエンの下半身もじっと見た蒼は、ん〜っと唸りながらアルティウスとシエンの下半身を交
互に見つめた。
 「とっちか、おおきい?」
 「だから、何がですか?」
 「それ」
蒼が指差したものを見たシエンも絶句をする。まさか、こんなところを見比べられるとは思ってもみなかったようだ。
(そ、蒼さん、正直過ぎだよっ)
 何とか誤魔化そうとした有希だったが、シエンと同時に蒼の言葉の意味を悟ったアルティウスは、堂々と隠すこともなく胸を張
りながら言い放った。
 「王たる私よりも立派なものを持つ者はおらぬ。もちろん、シエン王子よりもだ」
 『え〜、シエンもおっきー!まけてない!』
 「私だ!」
全く違う言語のはずなのに、妙に意味は噛み合っている。
有希ははあ〜と溜め息をつくと、絶句しているシエンを気の毒そうに見つめた。
(大変そう・・・・・シエン王子)







                                        
                              








有希ちゃんと蒼君の井戸端会議7