覇王と賢者の休息





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 風呂から上がればまた一騒動だった。
どうしても一緒に寝たいという有希と蒼と、2人きりは頷けないアルティウスとシエンがともに妥協した案は、客間にもう2つ寝台
を入れて4人で同じ部屋で寝るということだった。
小柄な有希と蒼はもちろん1つの寝台で(色々文句は出たが却下して)アルティウスとシエンもその両隣で休むといういうことに
なり、もう夜も更けた頃、有希と蒼は早々に掛け布に潜り込んだ。
 『あれ?2人は?』
 『少し、話があるからって別の部屋に』
 『なんだよ、ここで話せばいいのに〜』
 『政治の話だと思いますよ。あまり聞かれたくはないんじゃないかな?』
 『・・・・・仲間外れみたいでやだな』
 何でも蒼と話し合って、ともに国を盛り立てていこうと言ってくれたシエンのその行動は少し面白くなかったが、さすがに乗り込
んでまで文句を言おうとも思わなかった。
何より、有希と居れるのはほんの数日で、次は何時会えるのか全く分からないのだ。
 『もっと、近かったら良かったよな、何時でも会えたし』
 『ほんと。それか、移動手段があったら良かったですよねえ』
 『車も、飛行機も、新幹線もないもんな』
 自分達がいかに恵まれた世界で生きてきたか、この世界に来て2人は初めて気付いていた。
自分では贅沢をしていたつもりはないが、飲み残したことのある缶ジュースやお弁当のことを考えると、この世界の人々に申し
訳ないと感じてしまう。
 『有希は俺より早くこの世界に来て、たった1人でよく頑張ったよなあ・・・・・凄いよ』
 一見して大人しい感じの有希だが、この、生活するだけでも過酷な世界でよく生きてこれたなと感心してしまう。それはけし
て有希を過小評価しているわけではなく、蒼自身が時々だが・・・・・きついなと思うことがあるからだ。
それは、シエンが好きだという気持ちとは少し、違う。
周りもとても良くしてくれているのだが、少し・・・・・ほんの少しだけ、溜め息をつく時もあるのだ。
 『蒼さんだって、凄いですよ?赤ちゃんを引き取ったり、この国までやってきてくれたり、本当に嬉しいです』
 『有希・・・・・』
 『僕達、この世界で一緒に頑張れますよね?』
その言葉に、否と言うのは男ではないだろう。
アルティウスがいないという気安さもあり、蒼はギュッと有希を抱きしめて叫んだ。
 『もちろん!俺達、絶対頑張れるって!!』
 『はい』
 『う〜、こういう時、日本じゃ絶対携帯の番号とアドレスの交換するとこなのに〜!』



 離宮での自分の私室にシエンを招いたアルティウスは、夕食時にはあまり口にしなかった酒をなみなみと飲み干した。
そのコップを置くと同時に、待っていたかのようにシエンが頭を下げる。
 「此度は来国を許可頂き、本当に感謝しています。ソウがあれほど喜ぶとは・・・・・連れて来て良かった」
 「ユキも喜んでいた。私からも礼を言う」
 本来ならば、バリハンほどの大国の王子をこんな離宮に留めおくのはおかしなことだったが、連れ立っている妃が問題だった。
有希と同じ、《強星》・・・・・。
同じ時代に2人も現われたことがないその存在を、アルティウスが認めるかどうか、それは簡単な問題ではなかったのだ。
エクテシアの《強星》とは別に、もう1人、バリハンにも《強星》が現われたことは既に噂になっており、どちらが本物なのか口さが
ないほどで、両国の婚儀に共に使者を送り、その真意を確かめようとするものも数多くいた。
《強星》を知っている人間が生きているはずがなく、我こそはと宣言すれば誰でもなれるようになっては統制がつかないし、先に
現われた有希を大々的に《強星》と宣言したからこそ、アルティウスにとって蒼は微妙な存在になっていた。
だからこそ、他の大臣達がいないこの国境の地の離宮でシエンと蒼を迎えたのだが・・・・・。
 「アルティウス王、あなたはソウをどう思われますか?」
 シエンもそれらのことは十分認識しているので、先ずはアルティウスの意見を伺った。
 「・・・・・ユキと同じ世界の者だという事は疑いようもない」
 「はい」
 「多分・・・・・ソウも、《強星》には間違いがないのだろう」
アルティウスがはっきりと言い切ったので、シエンは明らかにホッとした表情を見せた。
 「しかし、これはどういうことだろうか」
 「・・・・・確かに、不可思議なことです」
 「ひと世に、《強星》が2つ。何か意味があるのだろうが」
大きな争いの前触れかもしれない。その考えはアルティウスとシエン、両方の胸の中にあった。
しかし、いずれの心も決まっている。自分の愛する者を何としてでも守るということを。
 「シエン王子、私は近く《白の賢人》、イムジン王が治めるグランモア帝国に参るつもりだ」
 「グランモアに?」
 「バリハンとは隣国ゆえ、迷惑を掛ける場合もあるかもしれぬが・・・・・」



 アルティウスがなぜグランモアに行くのかは分からないが、既に老年に入っているはずのイムジン王は一筋縄でいかないことは
シエンも良く知っていた。
手当たり次第に喧嘩を売るわけではなく、思慮深く、経済や自然学にも明るいイムジン王が統治するグランモアは、厳しい自
然環境ながらもかなり経済的には豊かな国だった。
 「最近、イムジン王に会ったか?」
 「・・・・・いえ、国境を通るおり、グランモアの役人と話す機会はありましたが、イムジン王はごく近い側近としか面会をするこ
とはなく、民もその顔を見ることはないそうです」
 「私が幼きおり、1度会うことはあったが・・・・・」
 「もう十数年、その状態のようですが」
 「・・・・・」
 「アルティウス王?」
 「シエン王子、そなた、13年前のソエムンの乱を覚えておるか?」
 「13・・・・・ああ、あの戦乱ですか。私が物心付いてから初めての大きな戦だったのでよく覚えています」
 ソエムンの乱・・・・・。
小国だったソエムン、エクテシア国とグランモア帝国に隣接した小国が起こした戦は、さながら狂気の乱だった。
元々気性が荒い国民性の上に、山賊や罪人も加わったその戦いは凄まじく、小国ながらソエムンは2つの大国エクテシアとグ
ランモアの両国で結成した討伐軍をほぼ全滅にするという大きな傷をつけることに成功した後、国の壊滅という道を辿った。
 まともな遺体などないという惨状を、当時まだ13歳の少年だったシエンも父王から聞いていた。

 「惨い戦だ・・・・・」

その搾り出すような父王の言葉は、今だの耳に残っている。
 「その戦が?」
 「その時行方不明になった我が国の将軍の生死を確かめに行くつもりだ」
 「・・・・・王、自ら、ですか?」
 「大切な人間なのだ」
 「・・・・・」
 シエンの立場からは何も言うことは出来ないが、アルティウスの傍には有希がいる。
かつて自分が想いを寄せ、今は愛する蒼の同国の人間として、《強星》として、敬愛する有希。その有希が哀しむ様はシエン
だとて見たくはない。
 「・・・・・アルティウス王、あなたが他の人間の手を求めるような方ではないとは知っていますが・・・・・私に何か出来ることがあ
りましたらおっしゃってください」
 それは、自然と出てきた言葉だった。
 「剣術ではとてもあなたには敵いませんが、戦術では少しはお役にたてるとは思います。どうぞ、ご遠慮なくお言葉をお掛け下
さい」
 「・・・・・」
 アルティウスはしばらくシエンの顔をじっと見つめていた後、僅かに頬に笑みを浮かべた。
 「シエン王子」
 「はい」
 「・・・・・感謝する」
 「・・・・・」
軽く頭を下げ、そう言うアルティウスの真摯な態度に、シエンも深い感銘を受けて頭を下げた。
 「必ず・・・・・必ず、お声をお掛け下さい」
どんな未知の出来事が待ち構えているのか分からないが、シエンはアルティウスならば必ず乗り越えられるだろうと確信を持って
いた。







                                        
                              








有希ちゃんと蒼君の井戸端会議8