ANGEL SMILE
Saturday 石塚勇吾の想定外
有名私立男子校の3年石塚勇吾(いしづか ゆうご)はチラチラと気になるように、校門の外に視線を向けている。
(まだか・・・・・)
バスケット部の部長である石塚は、土曜日の今日、他校との練習試合で学校に来ていた。
学力だけでなく、スポーツにも力を入れている学校は、授業の無い土、日は積極的に運動部の活動の為に門を開いてく
れ、今日はバスケットだけでなくサッカー部も練習試合があるのか、グランドも随分賑わっていた。
スポーツ交流という名目があれば、普段なかなか足を踏み入れることが出来ない他校の女生徒達も、応援という立派な
理由で中に入ってくる。
今日は人気のバスケットとサッカーということで、女生徒の数もかなりいた。
「・・・・・」
背が高くてスタイルのよい石塚は、優しげな容貌もあって他校生にも人気がある。
登下校中でも頻繁に告白されるし、試合の時などは差し入れも十分貰っている。
しかし、石塚の目には、そんなミーハーな少女達の姿は映らなかった。
「・・・・・あ!」
やっと、目当ての人物の姿を見つけ、石塚はユニホームのまま校門から外に駆け出した。
「日向!」
「先輩」
そこには、綺麗に微笑む天使が立っていた。
日向楓は1つ下の2年生だ。
日向組というヤクザの組長の息子である彼は、当初から目立つ存在だった。
それは家のことではなく、もちろんそれも衝撃的だったが、楓の姿を初めて見た入学式の時の驚きは石塚にとっても相当大
きなものだった。
世の中にこんなに綺麗な存在があるのか・・・・・自分でもおかしいぐらい非現実なことを考えたりもした。
しかし、楓は実際に生きて、話し、笑い掛ける。
楓の虜になった者は校内にもかなりの人数がいるが、その誰もが綺麗なその少年を自分だけのものにしたいと望んでいた。
もちろん、石塚もその中の1人だ。
「遅くなって、すみませんっ。試合大丈夫ですか?」
「ああ、まだアップ中だ。それより、休みなのにわざわざすまんな」
「約束ですから。それに、先輩のカッコイイ姿も見たいし」
そう言って笑う楓を、石塚は眩しそうに目を細めて見つめた。
「・・・・・私服」
「え?」
「私服姿、初めて見た」
「ああ、そうですよね。学校の外じゃなかなか会うことないし」
シンプルなシャツにジーンズという姿は、今時の高校生としてはかなり地味だが、かえってそれが飛び抜けた楓の美貌をより
際立たせていた。
バスケットボールを片手で掴める石塚の大きな手であったら、楓の腰は一掴み出来るのではないかと思うほど華奢で細く、
すらっと長い手足もバランスよくて、全てが完璧な美を作り出していた。
「家の人、何て?」
「お世話になってる人だって言ったら、ちゃんと許してくれましたよ。僕、休みの日の学校に来るのなんて初めてだからドキ
ドキします」
特殊な家庭環境のせいか、楓は校外で誰かと過ごすことは無いようだ。
それが、休みの日にわざわざ学校に来るというのはかなり特別なことなのだろう。
自分の為にそこまでしてくれたのかと、石塚は今にも楓を抱きしめそうになる手を必死に押さえた。
「じゃ、じゃあ、体育館に行こうか」
「はい」
楓を連れ立って歩き出すと、たちまちの内に多くの視線が集まってくるのが分かった。
学校の生徒はもちろんだが、他校の生徒達もポカンと口を開けて見ているのが可笑しい。
(まあ、誰だって日向を初めて見たらそうなるな)
実際、楓の存在は校外でもかなり有名だ。
始めは誇張された噂だと思っているのがほとんどなのだが、登下校などで実際にその姿を見ると、皆同じようにポカンと口を
開けて見る事しか出来ない。
(そう思えば、俺達は幸運だな)
校内に限るとはいえ、姿を見ることが出来るし、たまには話し掛ける事も出来る。
素直で優しい性格の楓は誰にでも同じように接するので、誰が特別ということは無いが、誰もが拒絶されることも無かった。
「おい!石塚!」
その時、いきなり名前を呼ばれたかと思うと、隣を歩く楓の腕をグイッと強引に引っ張る者がいた。
「常盤っ」
怒ったような顔をして立っていたのは、同じ3年でサッカー部のキャプテン、常盤行弘(ときわ ゆきひろ)だ。
石塚は楓を捕らえている手を見てきつく言った。
「その手を離してやれよ。日向が困ってるだろ」
「どうして日向がお前と一緒にいるんだっ?」
「・・・・・試合の応援をしてくれる為だ」
「どうして!」
浅黒く日焼けした顔を今にもくっつきそうなほど近くに寄せながら、常盤は楓に詰め寄った。
「俺があんなに頼んでも駄目だって言ってたじゃないか!どうして石塚はいいんだ!」
「あ、あの、石塚先輩にはこの間助けてもらって・・・・・」
一週間ほど前の帰り道、楓は走ってきた自転車と危うくぶつかりそうになった。
反射的に避けた為実際にぶつかることはなかったが、持っていた鞄が手から離れて傍の川に落ちてしまったのだ。
川といっても住宅街の中を流れているものでそう大きくは無く、綺麗に整備されてはいるが高さが少しある。
たまたま1人だった楓がどうしようかと困惑していた時に現われたのが、たまたま部活が休みで帰宅していた石塚だった。
「お礼をしたいっていったら、土曜の試合を応援に来てくれないかって言われて・・・・・。僕もスポーツは好きだし、そんなこ
とでいいんならって・・・・・」
「・・・・・くそっ」
「え?」
荒々しく舌打ちをする常盤に、楓は驚いたような視線を向ける。
「たまたまそこにいたのが石塚ってだけじゃないか!俺だってその場にいたら、絶対同じことをする!」
「常盤先輩」
「そう言っても、実際にいたのは俺だからな。日向、行こうか」
相手をしていられないと促す石塚に、楓は申し訳なさそうに口を開いた。
「あの・・・・・バスケの試合は何時からですか?」
「2時だよ」
「じゃあ、サッカー部は?」
「相手が遅れてるから、3時過ぎになるな」
怒った表情のまま、それでも常盤は答えた。
「良かった!じゃあ、バスケの試合が終わったら、サッカーの方に応援に行きます」
「日向っ?」
「本当か!」
全く違う反応を示す2人を交互に見つめながら、楓はにこっと笑って頷いた。
「石塚先輩との約束は守りたいし、何時も誘ってくれて、その度に断っている常盤先輩の試合も見たいし。時間がずれて
るなら丁度良かった」
「おっし!日向が来るって言ったら、連中大喜びだ!絶対、絶っ対、来てくれよ!」
「はい」
「石塚、邪魔したな!」
先程までとは打って変わった軽い足取りで戻っていく常盤を呆然と見送っていた石塚は、ツンとユニホームが引っ張られる
のを感じて視線を下に移す。
楓が、申し訳なさそうに眉を顰めて首を傾げた。
「怒ってる?先輩」
「あ・・・・・あ、いや・・・・・」
上目づかいのその視線が妙に色っぽく感じて、石塚は焦ったように視線を逸らした。
「ほんと?」
「お、怒ってない」
「良かった。石塚先輩、優しい」
楓の指が服から離れる。
それが勿体無いと思ってしまった。
「バスケの試合、楽しみっ。先輩、カッコイイとこ、いっぱい見せて下さいね?」
「おおっ」
(そうだ、あいつよりもいいとこ見せればいいんだよなっ)
お邪魔虫のように入り込んできた常盤だが、どちらがよりいい男か見せ付けるのにはいい機会かも知れない。
気分を切り替えた石塚は、気合を入れて拳を握った。
「・・・・・まいったな、予定延びちゃうなんて・・・・・」
体育館の2階に座った楓は、顔は笑いながらも言葉が毒づく。
「あんなとこで常盤に会っちゃうなんてさ〜も〜サイアク」
後々万が一にでも借りが出来てしまわないように、試合観戦ぐらいなら1度くらいいいかと思ったのが間違いだったかもしれ
ない。
「日向!」
コートの中から石塚が大きく手を振ってくる。
それと同時に他の選手達や対戦相手、そして見学している他校生達までいっせいに楓に視線を向けてきた。
楓は少し照れたように笑って、小さく手を振り返すが・・・・・。
「じろじろ見んな、減るだろ」
相変わらず、口は悪いままだった。
今日は身体も軽いし、メンタル面もバッチリだ。
上を見上げて楓の姿を捜すと、視線が合った途端笑いながら手を振ってくれる。
部員達も喜んでいたし、対戦相手までチラチラと楓に視線をやっているほどだ。
(ちゃんと見てろよ、日向!)
やる気満々の石塚の気分を最高潮にさせるように、高らかな試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
end
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今回は先輩編です。結構単純でいい人そうな石塚先輩。
どう見ても楓様に負けてます。