ANGEL SMILE



                                             Sunday  氷川祐樹の目撃談





 「日向楓だ・・・・・」
 日曜日の午後、友人と待ち合わせしていた駅に急いでいた氷川祐樹(ひかわ ゆうき)は目の前を通り過ぎた人物を見て
呆然と口を開けたまま立ち止まってしまった。



 氷川の通っている公立の高校の近くには、有名私立男子校がある。そこは文武両道に優れた有名校だが、近年さらにこ
の高校を有名にしたものがあった。
それが、日向楓という存在だった。
楓の家がヤクザの組というのもセンセーショナルな事実だったが、氷川達同世代の正直な気持ちで言えばそれはほとんど別
世界の話で、それよりももっと大きな話題になったのは楓の容姿のことだ。
 楓を間近で見たことがある人間は、芸能人やモデルなど足元にも及ばないぐらいだと言う。
氷川自身は登下校の時に横顔は見掛けた事はあったが、まだ近くで会ったことはない。楓の周りには常に取り巻きの人間が
いたし、そうでない時は強面の男が傍にいた。あれがヤクザかと、感心したように見ていたのだが・・・・・。



 今目の前にいる楓は1人ではない。
背の高い、すらりとした男と一緒にいるが、その男も楓とはまた違った意味で美貌の主だ。
2人は顔を見合わせ、楓は声を上げて笑い、男は微笑んでいる。
もっと間近で楓を見たいと思った氷川は友人との約束も忘れてしまい、ふらふらと2人の後を追ってしまった。
(あの男・・・・・どういう関係だ?)
 同世代ではない大人の男の存在は、多分楓の家の関係者なのだろうが、パッと見た目ではとてもヤクザだとは思えず、もし
かしたら組関係の弁護しか何かとも思う。
 可憐な美人の楓と、秀麗な美貌の男。
2人はとても目立っていて、男も女も擦れ違う者達は思わず振り向いて見てしまうほどだ。
ただ、2人の雰囲気は独特で、誰も声を掛ける事は出来ず、ただ遠巻きに見ているしかない感じだった。
 「あ」
 その男が、不意に携帯を取り出して話し始めた。
直ぐに終わらないのか、楓に何か伝えて男は少し離れた場所に行く。
 「・・・・・」
(離れる?)
距離からすれば十数メートルだろうが、2人の間には確かな隔たりが出来た。
 「・・・・・っし」
ぼんやりとそれを見送っている楓の様子を見て、氷川は思い切って近付いた。
 「ひゅ、日向」
 「え?」
 突然声を掛けられた楓は、驚いたように氷川を見上げる。初めてその顔を間近に見て、氷川はコクッと息をのんだ。
(すっげー・・・・・)
美人・・・・・そんな言葉では片付けられないほど、楓の美貌は際立っていた。
まだ若いからか頬に丸みも残っているし、表情の中にもあどけなさが残っているが、これが後数年もすれば・・・・・恐ろしいほ
ど妖麗な美人になるだろう。
 「あの・・・・・?」
 訝しげに聞いてくる声も心地よい。
氷川は焦ったように言った。
 「お、俺、氷川祐樹。第一高の2年なんだけど」
 「・・・・・他校生?」
呟くような言葉に、氷川はコクコクと頷く。
 「一度話してみたかったんだ、日向は有名で・・・・・」
 「何の用?」
 「え?」
 「何の用だって聞いてんの」
 いきなり変わった楓の口調に氷川は戸惑った。
気付けば丸く見開いていた目がキッとつり上がり、まるで睨むように氷川を見ている。壊れそうな綺麗で繊細な硝子細工に、
冷たいステンレスが巻かれたようだ。
その表情の変化は顕著だったが、それでもその美貌に陰りは見当たらなかった。
 「・・・・・随分態度変わるな」
 圧倒されっぱなしの氷川は、少し声を震わせながらも辛うじて言い返す。
しかし、楓の毒舌は怯むことはない。
 「俺は学校以外で媚び売るつもりないから」
 「・・・・・媚なんだ」
 「悪い?」
 「そ、そんなことは・・・・・」
 「大体学校の外でまでニコニコしてられるかってーの。俺もね、人間なの。こうやって見も知らない奴から馴れ馴れしく声掛け
られて、それでもこんにちはって笑わないといけない?」
確かに一理あるとは思うが、それでもあまりにギャップがあり過ぎる。
 「・・・・・俺が言いふらしたらどうするんだ?」
 「どうもこうも、やってみればいいんじゃない?どちらを信じるか、確かめるまでも無いだろうけど」
 「な・・・・・」
ニヤッと唇の端を上げて、楓は自信たっぷりに言い切った。
 「俺は誰にでも懐くような人間じゃないんだよ」



 「楓さん」
 すっと楓の姿が見えなくなったかと思うと、氷川の目の前にあの美形の男が立っていた。
 「どちら様ですか?楓さんの学校の?」
 「い、いえ」
 「違うんですね」
言葉遣いは丁寧で、頬にも穏やかな笑みを浮かべたままだが、その切れ長の目は冷たく厳しい光を湛えている。
氷川の背中にじんわりと冷や汗が浮かんだ。
 「何の御用でしょうか」
 「あ、いえ、用ってことは・・・・・」
 「そうですか。それではこれで失礼してもよろしいですか?これから行かなければならない場所がありますので」
 「は、はい」
 「それでは。行きましょう、楓さん」
 「うん」
 既に楓の目には氷川の姿は映っていないようで、直ぐに男の腕にしがみつくように手をまわす。
そのまま何も言わずに立ち去ろうとするのを、氷川は思わず呼び止めてしまった。
 「日向!」
 「・・・・・何?」
 「あ・・・・・」
 「じゃあね、もう二度と会うことはないだろうけど」
次の言葉が出ない氷川にこれ以上何の興味もないと、楓はもう振り向くことはなかった。



 2人の姿が雑踏の中に消えていくと、氷川はコホコホと空咳を繰り返した。胸の中に詰まった何かを無理矢理外に出してし
まおうと思った。
 「・・・・・っ」
(・・・・・綺麗だった・・・・・)
 あれ程そっけない態度を取られたのに、氷川の中に残っている楓の印象はまるで悪くならなかった。
むしろ、多分学校では見せないであろう別な顔が見れたことが、得した気分になっているくらいだった。
それと同時に、楓の言葉を思い出す。

 「俺は誰にでも懐くような人間じゃないんだよ」

(じゃあ・・・・・あれは・・・・・誰だ?)
輝くような笑顔を向けていたあの男・・・・・。楓が甘えるように手を回していた男が誰なのか気になって仕方がなかったが、楓
に聞くことなどは出来るはずもないだろう。
 「ちくしょー」
あの素晴らしい笑顔を独り占め出来る男が羨ましかった。



 「大丈夫でしたか?」
 男の姿が見えなくなると、伊崎は気遣わしそうに楓の顔を覗き込んだ。
 「平気。ちょっと話しただけだし」
 「違う学校の生徒と?」
 「人気者なんだよ、俺は」
 「・・・・・」
黙り込んでしまった伊崎の横顔をチラッと見上げて楓は笑った。
(妬いてる、妬いてる)
やっと久し振りのデートなのだ。伊崎の身体も頭の中も、全て自分でいっぱいにしたいと思う。
先程の男の存在は予想外だったが、これで伊崎が妬いてくれたのならば問題ない。
 「きょーすけ、今日はずっと一緒?」
 下から覗き込むようにして聞いてみる。
少し間をおいて、伊崎の手がギュッと楓の肩を抱き寄せた。
 「明日まで一緒ですよ」
その言葉に満足し、楓は花が綻ぶように綺麗に笑った。



                                                                 end





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日曜日の今回は他校生編です。これまで出て来なかった伊崎も登場。
最後はラブラブな2人です。






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