ANGEL SMILE



                                            Wednesday  中西知治の欲望





 「あっ、日向先輩!」
 偶然・・・・・といっても、会えるかもと期待していた2年のクラス棟を歩いていた中西知治(なかにし ともはる)は、求める後
ろ姿を見つけて駈け寄った。
数人の背の高い取り巻きに囲まれたほっそりとしたその後ろ姿は、まるで少女のように見えた。
 「日向先輩!」
 「あ、中西君」
 振り向いたその顔は、綺麗に微笑んで中西を見つめた。
 「どうしたの、2年棟にいるなんて」
 「先生の用で来たんですよ」
 「それは・・・・・ご苦労様」
にっこり笑いかけてくれるだけで胸が熱くなってしまう。


 2年1組の日向楓を知らない人間はこの校内にはいないだろう。楓はそれぐらい有名人だった。
家がヤクザという特殊な環境ながら、そのずば抜けた容姿と穏やかな人柄、可愛らしい性格と共に、校内では絶大な人気
を誇っている。
それは1年生の間でも同じ事で、なかなか会うことの出来ない楓の姿を見にわざわざクラスを覗きに行く者も多いが、やはり1
年生ということで2、3年には遠慮してしまうことも多々あるのだが・・・・・。


 ただ、1年4組の中西は少し事情が違っていた。
中西はただの1年生というわけではなく、彼の兄が日向組の下っ端として入っているのだ。
普通ならば家族がヤクザな商売をするというと隠してしまいたくなるものだが、中西はこれをチャンスにして楓に近付くことにし
た。
 最初楓は驚いたようだったが、それからは顔を会わせる度に気に掛けて声を掛けてくれるようになった。
 「あ、あの、少し時間いいですか?」
 「ん?何?」
 「あの、兄のことで・・・・・」
中西がそう言うと、楓はほとんど断ることはない。今も周りに何か言うと、そのまま中西の側にやってきた。
いい香りがするその身体をうっとりと眺めていた中西は、横顔に強い視線を感じてチラッと目を向ける。
今まで楓の側にいた男達が悔しげに睨んでいるのだ。
自然に染めた髪と、1年生ながら堂々とした体躯の中西に、反感を感じているのだろう。
(でも、今は俺だけの楓さんだ)
 恨まれるのは少しも怖くない。むしろ優越感を感じて、中西はそっと楓の腰に手をやった。
 「・・・・・!
途端に周囲がざわめく。
 「楓!」
中の1人が思わずといったように楓を呼び止めようとしたが、くるりと振り返った楓は申し訳なさそうに眉を下げて言った。
 「ごめんね、ちょっと行って来るから」
 「あ、ああ」
それ以上何も言えなくなった取り巻きを置いて、中西は堂々と楓を連れ去った。


 「こんなとこですみません」
 「ううん、場所なんかどこでもいいよ。それに、ジュースだったら僕の方が奢るのに」
 先輩なんだから・・・・・と、少し頬を膨らませて言う楓はかなり可愛い。
思わず伸びそうになった手を辛うじて押さえ、中西は楓の正面に座った。
 「相変わらず、ここは誰もいないね」
 「図書室には結構いますけど」
 「ここは資料がほとんどだからかな」
 昼休みの図書準備室には、楓の言う通り他に人影はない。
改めてそれを実感した時。中西の喉がコクッと鳴った。
 「お兄さんのことって、知己(ともき)がどうかした?」
 「・・・・・日向先輩、前から思ってたんですけど・・・・・どうして兄貴のこと、名前で呼ぶんですか?」
 「だって、うちの組の人間だから・・・・・僕にとっては家族のようなものなんだよ」
 「・・・・・」
(あんな下っ端を家族なんて・・・・・っ)
 自分よりも学力も容姿も劣っている兄が楓の家族などというのはとんでもなかった。
中西は自分で言うのもおかしいがモテる方だ。学力は学年の10番以内には入っているし、剣道も段を持っている。
女の子と初めて付き合ったのも小学生の時で、初めてセックスを知ったのは中学1年・・・・・早い方だと思う。行きずりで関係
を持ったOLも、自分の身体の下ではただの女になっていた。
 「・・・・・」
(抱いたら・・・・・どうなるんだろ・・・・・)
 暗黙の協定で、校内の誰も楓に手を出すことはない。
しかし、それは別に守らなくてはならないものでもないはずだ。
 「中西君?」
 「・・・・・日向先輩、俺、組に行ってもいいですか?」
 「え?」
 「兄となかなか連絡とれなくて・・・・・それに、俺一度兄がどんなとこにいるのか見ておきたかったんです」
 嘘がペラペラと口から出てくる。情けない兄とは絶縁してもいいくらいだが、楓との関係が深まるのならば利用するだけしてや
ろうと思った。
 「・・・・・駄目だよ」
 しかし、楓の口から出たのはNoだった。
 「どうしてですか?」
 「やっぱり普通の高校生が来るような場所じゃないし」
 「そんなことっ。だって、日向先輩のうちじゃないですか!」
 「事務所と母屋は違うよ」
 「先輩」
 「聞き分けて、ね?いい子だから」
 楓のほっそりとした指先が中西の頬を軽く撫でた。
その瞬間、まるで電流が走ったかのように中西の身体が反応してしまった。
(嘘だろ・・・・・っ)
たったこれだけで勃ってしまった自分が信じられなくて呆然とした。これではまるで自慰を覚えたての童貞と変わらないと思った。
しばらく呆然としてしまった中西も、慌てて楓の視線から身体を隠すように姿勢をずらす。
(何なんだよ、俺・・・・・)
 「中西君?」
 「わ、分かりました。向こうから連絡が来るのを待ってみますっ」
 「そうしてやってくれる?僕からも言っておくから」
 「は、はい」
 「じゃあ、またね」
ポンと中西の肩を叩き、何時もの綺麗な笑みを向けてくれると、楓はそのまま教室から出て行った。


 「ギラギラしてるの丸分かりなんだよ」
 楓はブツブツ言いながら、ポケットから携帯を取り出した。そして素早く伊崎宛にメールを打つ。中西の兄に家に連絡するよ
うに伝えてもらう為だ。
家族の絆に煩い父は家と連絡を取るなと組員達に言うとは思わないが、一応念の為ということもある。
それに、こうして何か理由がないと、なかなか伊崎にメールを送ったりは出来なかった。
 「・・・・・と。で、最後に・・・・・」

 【今夜来い】

と、シンプルに言葉だけを付け加えて送る。
 「ふふ」
悪戯っぽく笑った楓は、チュッと携帯にキスを送った。


 「・・・・・くっ」
 学校のトイレで自慰に耽るとは思わなかった。
中西は頬に触れた楓の手の感触と、官能を誘ういい匂い、そして何の穢れも知らないような天使の微笑を思い浮かべなが
ら、一心に自分のペニスを擦った。
 「か、楓・・・・・っ」
頭の中で、あの細い身体を組み敷いた。
綺麗な顔を歪ませて自分にしがみついてくる楓。
痛いと泣きながら、もっとと誘う白い肢体。
 「・・・・・くしょ・・・・・っ」
 その瞬間を想像して果ててしまった中西は、自分の精液で濡れてしまった手を見ながらギュッと唇を噛み締める。
 「絶対・・・・・手に入れてやる・・・・・」
誰もが欲しがるあの天使を、絶対に自分のものにしようと思った。あの存在が手に入るのならば他に誰も必要ない。
(女なんかくそくらえだっ)
何時の間にか自分の心がたった1人に・・・・・日向楓という存在に囚われてしまったということに、自信家の中西が気付くのは
まだずっと先のことだった。



                                                                 end





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「Tuesday」を見ようと思った方、申し訳ありません〜。手違いでファイルを消してしまいました・・・・・(涙)。
バックアップも取ってなかったので完全復旧は無理です、正直。ただ、生徒会編は多少形を変えてでも再アップしますので、2回楽しめると思って気長にお待ち下さい。
久々に落ち込んでしまいました・・・・・。

で、今回は後輩君編です。相変わらず男をタラシまくっている楓様です。