ANGEL SMILE



                                                Tuesday  生徒会の野望





 隔週の火曜日、生徒会の人間はほぼ全員生徒会室に集まってくる。
 「会長、今日も大丈夫なんですか?」
 「先週はそう言ってたがな」
 「今日こそOKの返事を貰いたいですよ」
 「ああ」
 校内の頭脳が集まっていると言われている優秀な生徒会役員達は、今か今かと1人の人物を待っていた。
そして、その人物はそれから間もなくやってくる。
 「失礼します」
軽くドアをノックした後、少し高めの声がして現れたのは、校内で天使と呼ばれる美しい少年だった。



 日向楓・・・・・日向組組長次男。
名門男子校といわれるこの学校に、ヤクザの息子が入学してきた時はかなりの騒ぎになったが、生徒、教師はおろか、父兄達
でさえも、新入生総代として挨拶で壇上に上がった楓の姿を見た瞬間、自分達の偏見にたちまち後悔する事となった。
それほどに楓の容姿はずば抜けて美しく、穢れなど知らぬ微笑の主だった。
 それでも、初めは遠巻きに接していた生徒達だが、間を置くことなく、楓の大人しく優しい性質と、何より近隣の女子高生達
よりもはるかに美しい容姿にたちまち心を奪われてしまい、今では校内の全生徒が楓のことを好意的に思っている。
 その中には、憧れや崇拝といった思いだけではなく、肉欲を伴ったものも少なくは無かったが・・・・・その魔の手から楓を守ろう
とする者達も確かに存在していた。



 「悪いね、日向。君にばっかり貧乏くじを引かせてしまって」
 「そんなことありませんよ?生徒会の皆さんには何時もお世話になっているし、パソコンの入力くらいしかお手伝い出来なくて
申し訳ないんですけど」
 「あ、い、いや」
 そう言いながら楓が伏し目がちになると、長い睫が頬の上に影を落とす。その様が妙に色っぽくて・・・・・生徒会長である3年
の羽田保(はだ たもつ)は慌てて目を逸らした。
 すると、そんな情けない生徒会長を押し退けるようにして、副会長である堂島政昭(どうじま まさあき)が、眼鏡の奥の目を
細めて楓に笑い掛ける。
 「本当は、日向に生徒会に入ってもらいたいんだけど」
 「・・・・・」
 「今日も、返事は駄目?」
 「僕なんかが入ったら、皆さんに迷惑を掛けてしまいますから」
 もう、何度聞いたのかも分からない返事。堂島はチラッと羽田を見た。羽田もその視線に頷く。
 「日向、お前の家のことは、もう学校中の人間が知っているんだ。ちゃんと、お前と家のことは皆分けて見ているぞ?」
 「それは・・・・・みんながそう思ってくれているのは嬉しいんですけど、僕はやっぱり・・・・・」



 綺麗で、大人しく、誰にでも平等に優しい楓。
そんな楓をせめて校内では自分達が守ろうと、生徒会の人間はずっと楓を生徒会に誘っていた。
もちろん、それは特殊な家系の楓が学校内で孤立をしないようにとの配慮もあるが、それと同じくらい、いや、それ以上の理由
が生徒会の人間にはある。
 それは、天使と評される楓を、生徒会で独占したい・・・・・そう思っているのだ。
楓の微笑を、自分達だけのものにしたい。
あわよくば、特別な存在として見てもらいたい。
 去年副会長だった羽田は、その時から何度も楓を誘ってきたがずっと楓に断られ続けている。それでも諦めきれずに、生徒会
長となった今、羽田は今年こそと周りを巻き込んでの勧誘作戦を行っていた。
 「・・・・・仕方ないな。あんまりしつこくして嫌われたくもないし」
 「僕が生徒会長を嫌うわけ無いですよ?」
 「え・・・・・」
 「何時も優しくしてくれて、僕、生徒会長みたいなお兄さんがいたら嬉しいなって思っているくらいです」
にこっと笑って言う楓は本当に可愛いのだが、兄といわれると複雑な心境になってしまう。
(それって、恋愛対象にはならないってこと・・・・・だよな)



 羽田が内心落ち込んでいると、ここぞとばかりに堂島が前へと出てきた。
 「日向にそう言われると嬉しいけど」
 「副会長?」
 「俺達、出来ればもっと日向のことを知りたいんだよ。生徒会に入れば内申だっていいし、お前だって何かあったら生徒会を利
用してもいいんだぞ?」
堂島は楓の肩に手を置きながら言う。
ほっそりとしていながら、それでも骨ばった感触はしない。それに、何だかいい匂いもしていて、本当に自分と同じ男なのかと思っ
てしまう。もしかしたら、自分と同じものは付いていないのかもしれない。
(俺のもんにならないかな〜)
 会長である羽田は、どちらかというと楓に幻想を抱いている気がする。だが、自分はちゃんと、楓を恋愛の対象だと思って見て
いた。
 「そうだよ、楓ちゃん、一緒にやろうって!」
 「辻(つじ)先輩」
 「・・・・・」
(お前が出てくるのは早いんだって)
 堂島はチラッと睨むが、会計の辻浩太(つじ こうた)は気付かない振りで割り込んでくる。
 「そうそう、日向は字も綺麗だし、俺達の知らない字もよく知ってるじゃないか。お前が生徒会に入ったって、誰も文句は言わ
ないって」
 「鴨下(かもした)先輩」
書記の鴨下淳彦(かもした あつひこ)も、辻の反対側から楓の顔を覗き込む。
 「おいっ」
 自分の口説きが中途半端になってしまった堂島は、思わず2人を押し退けようとしたが、そんな堂島に楓は困ったような笑み
を向けて言った。
 「なんだか、嬉しいけど困ります」



 それから一時間半ほど、生徒会の仕事を手伝ってくれた楓に、生徒会のメンバーは入れ替わり立ち代り、言葉を変えて楓を
説得しようとしたものの、楓は柔らかな言葉と、申し訳なさそうな笑みでそれらをかわし、やがて前回までと同じ様に無理矢理
作った用事は終わってしまった。
 「それじゃあ、みなさん」
 楓は立ち上がり、生徒会の面々を順番に見つめながら深く頭を下げた。
 「今日も、皆さんと一緒にいられて楽しかった。ご希望に添えなくて本当にごめんなさい、でも、こうして話しているだけで僕、楽
しいんです。また今度、遊びに来させてくださいね」



 楓が立ち去り、甘い残り香が生徒会室に漂う。
羽田はハアと深い溜め息をついた。
 「今日も口説き落とせなかった・・・・・」
 「お前がもっと押せばいいんだって。楓は気が優しいんだし、今度泣き落としをすれば頷くんじゃないか?」
 「そんなに上手くいくか?」
 「どっちにせよ、あのままフラフラさせておけば、何時誰が襲うかも分からないんだぞ?誰かに奪われてもいいっていうのか?」
 羽田は首を横に振る。辻も、鴨下も同様だ。そして、そう切り出した堂島自身が、そんな可能性を想像することさえ嫌で、一
同の顔をずっと見回して言った。
 「よし、じゃあ、次が勝負だぞ」
 「ああ」
 「楓の為だからな」
 「それが一番だって」
 誰もが楓の為だからと強調し、その奥の自分達の欲望を押し隠す。ここにいる誰が楓を手に入れるのかはまだ分からないが、
それよりもまず、自分達側へと引き寄せなければならない。
そのためには、まだしばらく協力体勢をとることになりそうだった。



 「うざいんだよ、あいつらっ」
 教室に戻り、鞄を手にした楓は、壁掛けの時計を見上げて毒吐いた。
今日は珍しく伊崎が昼から身体が空くので、そのままデートをしようと約束をしていたのだが、グダグダと煩く引きとめられてしまっ
た。
何度このままパソコンの中の全データーを消してやろうかと思ったが、それを口実に呼ばれる回数が増えてもたまらないと、楓は
口の中で文句を言いながら手を動かしていたのだ。
 「俺に興味があるの丸分かりなのに、俺のため俺のためって・・・・ったく、押し倒すくらいの度胸を持てっていうんだよ」
 見かけの美しさと反比例するように楓の性格は男らしく、ただ見ているだけや、言いたいことを驚くほど遠回しにされてしまうと
頭にきてしまう。
 「二週間後には、また行かなくちゃいけないのか・・・・・面倒くさい」
 出来れば行きたくないが、生徒会と繋がっていると何かと便利なのだ。
とりあえず、次はやんわりながらきっぱりと生徒会入りを断ってやろう・・・・・楓はそう思いながら、きっと心配して待っているだろう
伊崎に電話をする為に携帯を取り出した。
 「・・・・・あ、恭祐?ごめん、すぐ行くから」



                                                                 end





       Top    Tuesday    Thursday   Saturday
         Monday    Wednesday    Friday    Sunday





今回は生徒会の面々登場。
優秀な男が束になって掛かっても、楓はなかなか落とせません。