ANGEL SMILE



                                                Thursday  教師達の企み





 「日向です」
 軽く鳴ったノックの音に、テストの採点をしていた数学教師、小山内悠一(おさない ゆういち)は顔を上げた。
 「どうぞ」
 「失礼します」
 入ってきたのは小山内の受け持ちクラスの日向楓という少年だ。
小山内は掛けていた眼鏡を外して楓の方を向いた。28歳の、この学校の中では若い方の小山内は、自分が知的に整った
容姿をしていることを自覚している。
 「掛けなさい」
 自分の前のイスを指すと、楓は小さく微笑んで頷く。
(相変わらず・・・・・男とは思えないくらい・・・・・美人だな)
そう・・・・・男子校なのだから生徒は男しかいないはずなのだが、この少年の容姿は近隣の噂に上るほど、とても高校生の男
とは思えないほど美しく整っていた。



 日向楓は、日向組というヤクザの組長の息子だった。
当初、名門のこの私立校にヤクザの息子を入学させるかどうか、色々詮議はあったが、日向組というのがいわゆる暴力団と
いった感じではなく、昔からの任侠ヤクザで地域と共存しているということと、楓の偏差値がずば抜けて良い事、そして比類が
ないような美しい容貌が、結局楓の入学が許された主な要因だった。
 しかし、学校側は色々問題が起こる前にと、担任に定期的に楓と面接して話を聞くようにという義務付けをしており、2年
生に進級した楓を受け持っている小山内は1週間に一度という割合で、放課後1時間ほど楓と話をするようにしていた。



 「変わったことはあるかな?」
 「いいえ、何もありません。みんな、相変わらず優しいです」
 向かい合ってイスに座り、楓は真っ直ぐに小山内を見つめている。
職員室では色々話しにくいだろうと、同期の科学担当の教師に話をつけて、科学準備室を利用することが常になっていたが、
最近、その狭い空間が息苦しく感じていた。
少し大きめの綺麗な楓の目に見つめられると、教師という立場の小山内も背中がゾクッとしてしまうからだ。
 コホンと小山内が咳払いをした時、再びノックの音がしたかと思うと、返事をしない間にドアが開いた。
 「ああ、今日は面談の日か」
チラッと楓を見ながら言ったのは、ここの準備室の主で小山内の同期でもある、化学教師広江知哉(ひろえ ともや)だった。
小山内とはまた雰囲気が違う、短く髪を刈り上げた爽やかな容姿だが、小山内は広江が校内の数人の男子生徒と関係を
持ったことを知っている。
恋愛感情などではなく、単に興味があったからという感じの関係ばかりだが、小山内は男を相手に出来る広江を非難する気
持ちは全くなかった。
小山内自身、遊びの延長のように生徒と関係を持ったことがあるからだ。
 いずれも一度だけだが、人数は複数に上っている。広江も同じだ。
同類・・・・・小山内と広江は、そんなお互いの秘密を共有していた。
 「日向、問題はないのか?」
 「はい。先生方にも何時も心配していただいて・・・・・でも、大丈夫ですよ」
 「そうか」
 広江は爽やかだと言われる笑みを浮かべたまま、イスに座っている楓の肩に手を置く。
 「日向は意外と我慢強いからなあ。無理してないか心配なんだ」
 「広江センセ・・・・・」
広江の指先が、偶然のように楓の首筋を撫でた。
その瞬間、しなやかな身体がビクッと震える。
 「どうした?」
 「あ、えっと、少し、くすぐったくて・・・・・」
 「くすぐったい?これくらいでか?」
広江は笑うと、先程よりも明確に楓のほっそりとした首筋を手で撫でた。
 「日向は色白だなあ」



(広江も日向を・・・・・?)
 もしかして・・・・・とは思っていた。快くこの部屋を貸してくれたが、楓が来る時は必ずと言っていい程広江もこの部屋にいた。
その意味が分からない小山内ではない。
(俺が先に目を付けたんだぞ)
 小山内は広江の顔に視線を向ける。その熱い視線に気付いた広江は、顔を上げて小山内を見返した。
その視線の中には、独占欲と優越感が含まれている気がする。
 「日向」
 みすみす目の前で楓を攫われることは許さないと、小山内も正面から楓の足に掌を乗せた。
 「少し、痩せたんじゃないか?」
 「そうですか?」
 「こんなに細いなんて、女の子が嫉妬するぞ」
 「まさか」
小山内の言葉に楓は笑う。
 「あ」
 その時、今だ楓の首筋に触れていた広江が小さな声を上げた。
 「小山内」
珍しく眉を顰めて名を呼ばれ、小山内は訝しげに立ち上がった。
 「何だ?」
 「ここ」
 「え?」
 「見てみろ」
 広江が指差したのは、楓のシャツの襟元だ。そこには、淡いピンク色の痣があった。
 「・・・・・これ」
 「だろ?」
遊び慣れている2人には、それがキスマークだということは直ぐに分かった。
(・・・・・誰だ?)
 直感的に、これを付けたのは男だと思った。
上から覗かないと分からないような場所に付いているキスの痕・・・・・。それがどういう意味か直ぐに想像が付いた小山内と広
江はお互いに顔を見合わせた。
 「・・・・・校内か?」
 「いや、そんな気配はなかった」
 「先生?」
 生徒の憧れの対象である楓。楓に対して恋愛感情を持っている者は数多くいるだろうが、あまりにも無垢な楓に手を出し
づらいという者がほとんどだ。
互いが互いを牽制し合っている状況は把握しており、この校内で楓が手を出されたと言うことは先ず無いだろう。
(だとすれば、校外・・・・・家か?)
 この綺麗な身体を独占している男がいる。そう思うと小山内の頭の中には嫉妬と羨望と、そして明らかな欲望が次々に浮
かんだ。
 「先生?」
 「・・・・・ああ、今日はいいよ。また、来週」
 「・・・・・はい」
 急に雰囲気が変わった小山内に戸惑ったようだが、楓は素直にイスから立ち上がって部屋を出ようとする。
 「日向」
不意に、広江が名前を呼んだ。
 「来週は少し遅くなるかも知れないと、家の人に言っておけ」
 「来週ですか?」
 「ああ。来週は俺も一緒に、色々話をしたいんだ。いいですよね、小山内先生」
 「・・・・・ええ」
 「そういうことだ」
 「分かりました。じゃあ、また来週」
楓は頭を下げてドアを開けた。



 「・・・・・なんか、付いてたのか?」
 楓は首筋を摩りながら呟く。
先ほどの広江の指の動きが伊崎に愛撫されている時と似ていて、楓は思わす声が出そうになってしまった。
 「危ない危ない。秘密なのに」
伊崎との関係は誰にも言えない秘密の関係だ。
楓は改めて自分に言い聞かせると、鞄を取りに教室に向かった。



 「どうするつもりだ?」
 楓の足音が遠ざかると、小山内が憮然とした表情で聞く。広江はニヤッと笑った。
 「経験済ならいいかと思って」
 「あれは俺が最初に目をつけたんだぞ」
 「目を付けてただけで、誰かに先に奪われたんじゃ元も子もないだろ。俺はあいつが欲しいんだ。お前が引き下がるなら大歓
迎だぜ」
 「まさかっ」
 「じゃあ、共同戦線はろうぜ。とにかく、今日向を手にしている男から奪うことが大前提だ」
 「・・・・・そうだな」
あの綺麗な存在を手に出来るのなら、そんな甘美な思いが出来るのなら、教師という職業など捨てても構わない。
腕の中に落ちる身体を想像しながら小山内は眼鏡を掛け直すと、イスに座り直して採点の続きを再開した。



                                                                 end





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で、今回は先生編です。2人登場。教師か、あんた達・・・・・。
大人の男にも狙われている楓様です。