「メリークリスマス!!」
「・・・・・」
ドアを開けるなり鳴ったクラッカーの音と大きな声に、イタリアのマフィア、カッサーノ家の若き首領であるアレッシオ・ケイ・カッサー
ノは一瞬足を止めてしまった。
目の前には、明らかに作り物だと分かる角を頭に乗せ、なぜか牛の着ぐるみを着た少年が立っている。
(なぜ、この子がここにいる?)
今日、アレッシオはこの高級ホテルのスイートで、愛しい友春と2人だけのクリスマスを過ごす予定だった。
自分の思いを告白してから初めて迎えるクリスマス。本当はイタリアへ連れて行きたかったくらいだったがなかなか友春のOKをもら
えず、それならばと招待されていたパーティーを幾つかキャンセルして、とにかく友春と一晩だけでも過ごせる時間を捻出して来日
したのだ。
それは友春も知っているはずなのに・・・・・。
「どうしてお前がここにいる、ターロ」
(そりゃ、怒るの当たり前だな)
既にシャンパンを開けて飲み始めていた日本のヤクザ、大東組系羽生会会長、上杉滋郎は内心苦笑しながらこの光景を面
白そうに見ていた。
「クリスマス会しようよ!ねっ?」
上杉が太朗からそう提案されたのは12月も半ばを過ぎてからだった。
どうやらその間、太朗の友人である西原真琴、日向楓、小早川静、高塚友春と頻繁に連絡を取っていたらしく、自分達皆が
友達になって初めて迎えるクリスマスを皆で迎えたいという話になったようだ。
上杉自身、直ぐに頷ける事ではなかった。やはりこういうイベントは恋人同士でしっぽり、ねちっこく、濃密に過ごすものだろうと
思っていたからだ。
しかし、大勢で騒ぐことの楽しさを知っている太朗にとっては、上杉と過ごす時間と同じ様に、友人達と過ごす時間も楽しく大
切なようで、お願いだからと可愛くねだってきた。
可愛い恋人の願いを聞けないような男は駄目だろう。
早々に連絡した海藤と伊崎はとっくに諦めていたらしく話は早くついたが、問題は静と友春だ。
団体行動を好まず、静に対してかなり強い独占欲を抱いている江坂を説得するのは大変だった。上杉が何を言おうとも最初は
全て却下されたが、さすがの江坂も静の言葉には弱かったようだ。
それでも、夜9時には解散だと言ってきた江坂の言葉には上杉もすぐ同意した。友人達と騒ぎたいという太朗の願いは叶えてや
るのだ、その後は恋人としての時間を過ごしてもいいだろう。
そのことは友春からアレッシオに伝えてもらえればいいと思っていたが、どうやらアレッシオの反応が怖いのか、友春は今回のパー
ティーのことをなかなか言い出せない様子で、それを聞いた上杉はそれならば驚かせるのも有りじゃないかと言った。
愛しい相手と甘い一夜を過ごす為に日本までやってきたアレッシオにとっては、この状況はとても受け入れがたい状況だとは同情
出来たが・・・・・。
(しょせん、惚れてる方が負けるだろうけどな)
(何か、怒ってるみたい)
真琴は部屋へ入ってくるなり眉を顰めて太朗を見下ろすアレッシオの横顔を見つめて、この状況をどうしたらいいんだろうと内心
慌てていた。
自分達(真琴にとって)は仲の良い者達ばかりで集まるのは楽しいだろうと単純に思ったのだが、もしかしたらアレッシオは違うのか
もしれない。
それでも、せっかくこうして集まったからと、真琴はアレッシオと太朗の間に入った。
「・・・・・」
途端に、今度は自分がアレッシオの冷たい視線を浴びることになったが、真琴は何とかその場を和ませようと考え・・・・・あっと思
いついてテーブルの上を指差した。
「あれ、この間イタリアから送られたソースで作った新発売のピザなんです!食べてみて感想下さい!」
「・・・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・」
アレッシオは溜め息を付いた。
太朗が言い出したのなら結局はこうなるのかもしれないが、その上真琴にまでこう言われては・・・・・大人しく穏やかな青年を責め
ても仕方がないだろう。
「トモとメイクラブする時間は取ってもらうぞ」
それはアレッシオなりのイエスの言葉で、名前を出された友春は動揺したように視線を動かしていた。
「真琴」
「あ、海藤さん、カッサーノさんまあまあだって!イタリアの人の口でまあまあなら、結構いい線いってるよねっ?」
「そうだな」
新製品のピザを食べてもらってご機嫌の真琴の笑顔に、海藤も笑いながら頷いた。
(まあ、真琴達にあたるとは思わなかったが・・・・・)
上杉がアレッシオには全て秘密にしていようと楽しそうに言っていた言葉を真に受けたわけではないが、先日思い掛けなく行ったイ
タリア旅行ではかなり世話になったので、プレゼントというわけではないがこんなサプライズも有りかと思ったのだ。
仕事面に関しては厳しいアレッシオも、恋人である友春の関係することだと途端に甘くなる・・・・・それはアレッシオだけではなく、
自分やここにいる者達全員に言えることかもしれないが、海藤はそれでも何とか場が収まって一安心していた。
「海藤会長」
そんな海藤に、日向組若頭である伊崎恭祐が近付いてきた。
「どうした」
「やはり、海藤会長だけの懐から出して頂くわけには・・・・・」
「そんなことか。気にすることは無いと言っただろう」
前回のイタリア旅行では、全てアレッシオの仕切りで、費用も彼持ちだった。
ホストが全てを取り仕切るのは当たり前だと、海藤達から一切の費用を受け取らなかったアレッシオに対抗するわけではないが、
今回は海藤が全ての費用を持つと他の3人に言ったのだ。
上杉は笑いながら頷き、大東組理事、江坂凌二もそうかと短く答えただけだったが、伊崎はなかなか素直にその好意を受け取る
ことは出来ないようだった。
この中では一番組の規模も小さく、地位的にも低い伊崎からすれば無理も無いかもしれないが、こんな時は笑ってありがとうと受
け取ってしまえばいいと思う。
(あの子を見習わないといけないくらいじゃないか?)
伊崎の組の息子で、彼の愛しい恋人である楓の類を見ない女王様ぶりを思い浮かべ、海藤はポンッと伊崎の肩を叩いた。
「僅かな金で気にやむことは無い。ほら、お前もゆっくり楽しめ」
(全く、こっちを無視して話を進めればいいものを)
ワインを傾けながら、江坂は表情に出さずに毒づいた。
以前の自分はクリスマスなどというイベントに全く興味は無かったが、静という愛しい恋人が出来てからはイベントは2人で過ごす
大切な時間だと思うようになった。
お互いのクリスマスはもちろん、バレンタインや正月、そして・・・・・クリスマスも。
しかし、あの煩くて生意気な子供が言い出したことで、江坂が立てていた計画の半分は崩れてしまった。
静かなホテルで食事をして、そのまま静を抱くつもりだったが・・・・・。
「・・・・・」
目の前では、同世代の友人達とハシャイで笑っている静がいる。
アミダくじで決まったからと、太朗と同じ牛の着ぐるみを着て(こんな可愛い姿を他の男に見せたくは無かったが)いる静のそんな様
子を見ていると、今は仕方ないかと諦めの境地だ。
(だが、きっちり9時には帰らせてもらう)
一年に一回しかないこの夜は、静と2人で過ごすのは当たり前のことだった。
「タロ君、よく似合ってるわよ〜」
「へへ、そう?なんか、牛って変かなと思ったんだけど、トナカイの着ぐるみってなかなかなかったんだよな」
綾辻はふふっと笑いながら太朗を見下ろしていた。
せっかくのクリスマスだからと、年少者達に仮装を勧めたのは綾辻で、その提案に一同は直ぐに頷いた。
役割は、サンタと、トナカイと・・・・・雪だるま。
サンタの衣装はわりと簡単に手に入ったが、トナカイはなかなか見付からなかった。着ぐるみといってもパジャマのように着るもので
構わなかったのだが、これという物は無く。
ようやく妥協したのは玩具のトナカイの角と牛模様の着ぐるみだった。
アレッシオ以外の人間が集合すると、綾辻は早速クジを作った。
サンタが3人に、トナカイが2人、そして、雪だるまが1人。
「え?俺達5人なんだけど・・・・・まさか、ジローさん達も参加すんの?」
当たり前の太朗の疑問に、綾辻は強制的に絶対に断らないある1人を参加させた。
そして、決まった役割は、サンタが真琴と楓と友春。トナカイが、太朗と静。そして・・・・・。
(ふふ、よく似合っているわね〜)
雪だるま役は、白いセーターに白いズボン。そして女物のケープを纏って、ボアの帽子まで被った・・・・・倉橋だ。
クジでそれが当たった倉橋はさすがに真っ青な表情になっていたが、生真面目な彼が約束を破るわけが無いと綾辻は確信してい
た。そうでなければ、わざわざ不正をしてまで、倉橋にあの衣装を着せた意味がない。
(そうだ、小田切さんにも写メ送ろうっと)
今夜は犬の世話が大変だからとこの場にはいない羽生会の小田切に、倉橋を始め年少者達の写真を送ってやろうと思い立っ
た綾辻の耳には、仮装した6人の声が賑やかに届く。
「倉橋さんもお似合いですよ」
何の屈託も無く言う静の言葉に、倉橋はぎこちなく笑みを見せた。
「・・・・・私などより、小早川君の方がよく似合うと思いますけど」
「え〜、意外性がいいんですよ。ねえ、友春もそう思わない?」
「う、うん。倉橋さんは何時も硬質な感じだから・・・・・そんな恰好を見ると、雰囲気がとても柔らかくなりますよね」
控えめに言う友春も、良く似合うと言っている。
「まあ、俺が着たら似合い過ぎで嫌味だしな」
そう言うのは、サンタの衣装を着ても少しも容貌に遜色のない楓だ。
いや、むしろいけない妄想をしそうなほどで、綾辻は伊崎も苦労するだろうなと人事のように思った。
「あ、綾辻」
その時、倉橋が小声で声を掛けてきた。
「この、羽織っているものくらい・・・・・脱いでもいいんじゃないか」
全身真っ白の服はまだしも、このケープと帽子はやはり恥ずかしいのだろう。しかし、それでは綾辻の楽しみが減ってしまう。
「だ〜め。みんなちゃんと着てるのよ?タロ君や、しーちゃんは牛にまでなってるんだから」
「・・・・・」
(私が脱がせるまで、その恰好でいなくちゃ駄目よ)
「トモ、その恰好は・・・・・」
「あ、あの、クジで決まったから・・・・・変?」
「・・・・・いや」
部屋にやってきた当初はかなり機嫌が悪そうだったアレッシオも、今纏っている空気はかなり柔らかくなった気がする。
それでも真っ直ぐな視線で見つめられると、友春はサンタの恰好をしている自分が恥ずかしくなってしまった。
「クリスマスは会いに行く」
アレッシオから連絡が来たのはほんの一週間前で、その時はもう友春は太朗の提案のパーティーに行くつもりだった。
しかし、せっかく日本にまで来てくれるアレッシオのことを思うといいのだろうかと悩み、それを静に相談して、静から真琴に、そして
海藤から上杉にと話が伝わってしまった。
結論は、アレッシオも呼べばいい・・・・・単純だが、なかなか難しい話だった。
あのアレッシオが素直に納得してくれるかと心配でたまらなかったが、太朗の先制攻撃と真琴の追撃で、どうやらアレッシオもこの
パーティーへの参加を納得してくれたようだ。
(日本で、こうしてクリスマスを迎えるなんて・・・・・)
去年までの自分だったら、こんな風な穏やかで楽しいクリスマスをアレッシオと過ごすことなどとても考えられなかっただろう。
時間というものは確かに経つものなのだと、友春は感慨深げに思っていた。
「なあ、プレゼント交換しとこうぜ。後でゴチャゴチャになってもやだし」
楓は固まって置いてあるプレゼントを指差した。
「そうだね、やることやっとかないと」
「せっかく頑張ってバイトしたんだし」
「そうだよ」
5人は自分の荷物の場所に行くと綺麗にラッピングされたプレゼントを手に取った。
「はい、海藤さん」
「ありがとう」
「ジローさん、プレゼントは三倍返しだって」
「おい、どこの女のセリフをパクッたんだ?」
「恭祐、ありがたく受け取れよ」
「はい、ありがとうございます」
「江坂さん、どうぞ」
「ありがとうございます、静さん」
「ケイ、これ僕から・・・・・」
「トモ・・・・・」
大小様々なプレゼントが、それぞれの恋人達の手に渡る。
しかし、アレッシオはその前の静の言葉に引っ掛かった。
「トモ、お前もどこかで働いたのか?」
「え、え〜っと」
なぜか怒ったようなアレッシオの言葉に友春が口篭っていると、太朗が横からそうだよと口を挟んできた。
「俺達三日間だけ真琴さんのピザ屋でバイトさせてもらったんだ。人手が無いって言ってたし、俺達もバイト代がもらえるし」
「時給は割りと良かったよな」
楓も頷き、静も江坂を振り返った。
「江坂さんも、そこならって許してくれたんですよね」
「・・・・・ええ」
江坂としては、どんな場所でも静が人目に晒されるのは面白くは無かったが、真琴のバイト先ならば海藤の目が届いているだろう
し、配達ではなく店の中だと言うので、宅配ピザ屋ならあまり人との接触は無いだろうと渋々許したのだ。
それは、江坂へのプレゼント代を自分が働いたお金でと思ってくれた静の気持ちも嬉しかったからだが。
「トモ」
「・・・・・」
「・・・・・ありがとう」
少しタメはあったものの受け取ってくれたアレッシオに、友春もほっと安堵の笑みを浮かべた。
パーティーは、和やかに、賑やかに続いた。
年少者達は自分達の間でのプレゼント交換も約束していたらしく、輪になって歌を歌いながらプレゼントを回している。
男達はそんな様子を見ながら、軽くオードブルを摘み、酒を飲んでいたが・・・・・。
「そろそろだな」
上杉はグラスをテーブルに置くと、パンパンと手を叩いた。
「そろそろお開きの時間だぞ〜」
「え〜!」
太朗は不満げな声を上げたが、上杉が指し示した時計の針は、もう15分程で午後九時になる。
夕方6時過ぎから始めて3時間あまり、楽しい時間はそろそろ終了のようだ。
「これからは大人の時間だな」
上杉が笑いながら言うと、海藤は溜め息を付きながら諌める。
「相手は子供ですからね」
「今日はお世話になりました」
伊崎が頭を下げ、江坂とアレッシオも立ち上がった。
そんな4人に海藤は改めてと言葉を続けた。
「余計なことでしょうが、一応この階のスイートは押さえています。このまま休まれるなり、帰るのならばフロントに鍵を置いて行か
れてください」
そう言って、カードキーを差し出した。皆が皆それを使うかは分からないが、ここまでが礼儀だと思った。
「おやすみ〜」
「いいお年を」
「そっか、もうお正月なんだ」
「また来年遊ぼう」
「さよなら」
「しゃちょー、程々に〜」
賑やかに人波が去っていき、真琴は海藤と2人になってしまった部屋でほうっと溜め息を付いてしまった。
「どうした」
そんな真琴の身体を、海藤が抱きしめる。真琴は誰もいないせいか、海藤に甘えるようにその身体に手を回してきた。
「・・・・・寂しいです」
「随分、賑やかだったからな」
「・・・・・」
「でも、今からは2人の時間だ。俺と2人だけは・・・・・嫌か?」
真琴の答えは分かっていたが、海藤はそう聞いてみる。すると、真琴は少しだけ拗ねたように上目づかいに海藤の顔を見上げてく
ると、そのまま背伸びをしてちゅっと頬にキスをしてきた。
「答え、です」
海藤は笑う。
真っ赤な衣装を着た可愛らしいこのサンタは、今からは海藤だけのものだ。
頬へのキスだけでは物足りないというように深く口付けを仕掛けた海藤に、真琴は精一杯応えてくれる。
恋人達の聖なる夜は、これからが本当の始まりだった。
end
そして・・・・・。
それぞれの夜を垣間見れば・・・・・。